12-ⅩⅩⅩ ~若社長の危機~

「ぐああああああああああっ!!」


 蓮たちがやって来た地紋会ぢもんかいのアジトには、大量の怪人もどきが転がっていた。ほとんどの構成員が、インスタント怪人になる薬を使用していたのである。


「駄目です。ここにいるのは、雑魚ばかりのようですね」


 乗り込んだ蓮たちは一通りの組員を叩きのめしたが、決定的証拠は出てこなかった。もちろん、粉飾決算の証拠である。


「地紋会のPCを調べてみましたが……データはありませんね。抜かれたとかじゃありません。最初っから、ここのPCを使っていないのでしょう」

「ってことは、首謀者がノートPCでも持ってるってことか」

「そこにデータもあるんでしょうね。美味社長が突き止めたであろうデータと照合したら、果たしてどうなるか……」


 蓮は、倒れているインスタント怪人の中で、まだ意識が残っている奴を蹴り飛ばした。


「ぐはっ!」

「おい、誰が知ってる。どこ行った。吐け」

「し、知らねえ! 俺は、知らねえよ!」

「あっそう。……おい!」

「ハイハイ。僕の出番ですねえ」


 安里がインスタント怪人に手を伸ばす。「同化侵食」で情報を引き出す――――――のは簡単だが、ここはもうちょっと残酷に。


「うっぎっ……。ぎゃあああああああああ!!」


 侵食されたことで、身体の構造そのものが変わる。ボコボコと音を立てて、身体の中が沸騰し始めた。血液の温度を急激に、上昇させているのだ。身体の内側が、焼けるように痛むのはどれほどの激痛だろう。


「教えてくれませんか? どうせなら、口で」

「あ、あぼっ、あぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!」

「あ、喋れませんか?」


 安里が怪人の身体をちょっとこねると、口だけが分離する。指をパチンと鳴らすと、分離した口の周囲の沸騰は、ピタリとやんだ。


「お、お、お前!? 俺に、何を……」


 再び指をパチン。再び、全身が沸き立つ。


「がああああああああああ!」


 パチン。沸騰が止まる。


「――――――教えて、くださいますね?」


 にこりと笑う安里に、怪人もどきは涙目で頷いた。


******


 美味フーズの本社内は、騒然としていた。


「い、一体何が起こったんだ……!?」


 突如として、外出していたはずの美味よしみ社長が戻ってきた。

 それ自体はまだいい。だが、問題なのは、彼は自分のデスクの後、米浦のデスクへと向かった。


「……社長? 何を……」


 問うよりも早く、米浦の顔面に、真保の拳が突き刺さった。


「ぐあああああっ!?」


 米浦の鼻骨は砕け、もんどり打って椅子ごとひっくり返る。社員が何事かと思った時には、もうすでに真保はオフィスを後にしていた。


「い、い、い、一体なんだというんだっ!」


 米浦は痛みよりも、いきなり殴られたという事への怒りで頭がいっぱいだった。頭に血が昇り、それがかえって鼻からの出血を著しくしているとも知らずに。


 怒りをぶつけようにも、あまりにも突然の事すぎて、誰も米浦のデスク近くにはいなかった。


「――――――ティッシュ持ってこい! あと、警察を呼べ!」


 米浦の怒号で叶ったのは、ティッシュだけである。


******


 美味よしみ真保まさやすは一人、車を走らせていた。最近は運転手が着いていたので、自分が運転するのはなかなかに久しぶりに思える。少々おぼつかなかっいが、それどころではない。法定速度など、気にしている場合ではないのだ。

 車は徒歩市の中心街から、郊外の倉庫群へと移動する。複数の車が止まっているのを見やり、車から降りると、ビジネスバッグを後部座席から取り出した。


「――――――A6倉庫……! どこだ……!」


 その足取りには、明らかに焦燥があった。はやる足を走らせ、目的の倉庫にたどり着く。暗い倉庫だったが、誰かがいる。真保は気配でわかった。


「……いるんだろう!? 言われた通り、一人で来たぞ!」


 人影の見えない倉庫に、真保の声が響く。その声に呼応するように、ゆらりと人影が現れる。


 地紋ぢもん龍三りゅうぞうと、その子分たちである。


「どーも、若社長。来てくれて嬉しいですよ」

「お前らの欲しいものは、これだろ」


 真保はカバンを開け、中から茶封筒を取り出す。それは、彼が会社のデータを見ている井内に見つけた、不正のデータだ。


「……中を、検めさせてもらいましょうか」

「その前に! お前たちも、見せるものを見せろ」

「……おい」


 地紋が顎で合図をすると、子分がある人物を連れてくる。猿轡さるぐつわをかまされ、手を縛られている、少女であった。


「――――――!」


 それは、まぎれもない、美味真保の娘であった。


******


 蓮にメモを渡し、再び商店街へ交渉へと赴こうとしたとき、電話が鳴った。着信のあて先は、「ひより」。今は小学校で授業を受けている最中の時間。嫌な予感がした。


『美味社長ですよね? おたくの娘は預かりました』

「……何? 誰だ!?」

『言わなくてもわかるでしょ? 社長』


 その通りだ。真保にはすぐにわかった。米浦とつるんでいたやくざである。


『おっと、口だけじゃわからないですよね。……おい』


 しばらくごそごそという音が聞こえた後、聞こえてきたのは。


『――――――パパ!』

「……ひ、ひより!」


 真保は冷静さを保とうとした。しかし、娘の直の声を聞かされて、冷静でなどいられようはずもない。


『わかってもらえました?』

「何が目的だ、お前は!」

『決まってるでしょう。我々も必死なんです。生きるためにね。だから、貴方にあちこち動かれると、困るんですよ』


 地紋の要求は、たった一つであった。


『あなたが掴んでいる、美味フーズと我々の関係の証拠。それ、俺たちに渡してください』


 真保は急いで会社へと戻り、書類を用意した。会社から出る際、第一営業課の近くを通った。その際、欠伸をしている米浦の顔が目に入ってしまった。


(……貴様のせいで、ひよりは……!)


 沸々とこみ上げた怒りは、とうとう止まらなかった。米浦の元へ立ち寄ると、渾身の一発を顔面に叩き込む。殴られた米浦は、何をされたのかわからない顔をしていた。

 本当はもっと殴りかかってやりたかった。だが、そんな時間はない。


「……クソっ!」


 あふれ出る怒りを抑えきれないまま、真保はこうして娘の元へ駆けつけたのである。

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