12-ⅩⅩⅦ ~若社長と紅羽蓮~

「――――――ただいま」


 車での送迎で自宅へと戻った真保まさやすは、ネクタイを緩めながらふう、と息を吐いた。親の力を借りずに自力で買ったマイホームは、彼の自立の象徴である。


「貴方、お帰りなさい」

「ああ」


 口数少なくネクタイとジャケットを妻に渡しながら、リビングに向かう。


「あ、パパ」

「お帰りなさい!」

「……ただいま」


 身体は疲労でクタクタだが、息子と娘の前では、精いっぱい口角を上げる。それが父親としての、真保の仕事だった。


「ご飯にします? お風呂に?」

「風呂にする。ご飯の用意をしておいてくれ」

「はい」


 妻とは、見合い結婚だった。女性との付き合いが苦手だった自分に、父が相手を用意したのだ。だが、見合いをしてから3年という期間を経ての結婚だったため、ある意味恋愛結婚ともいえる。

 湯船で全身の疲れを吐き出し、戻ると食卓には料理が並んでいた。今日の夕食は中華料理。酢豚を中心に、野菜の炒め物、そしてスープだ。


「……では、いただきます」

「「「いただきます」」」


 真保と家族は、夕食を取り始める。4人家族の食卓としては、非常に静かな食事だ。というか、誰も一言も発さない。


「……あの、パパ……」

「こら! !」


 何かを言おうとした娘を、母が叱る。真保は閉目し、ただ無言で食事をしていた。娘はシュンとして、また黙々と食事を始める。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 食事が終わり、子どもたちに食器を下げさせると、真保は食器を洗い始めた。これは家族内で、真保が率先している役割である。


「……ひよりは、何かあったのか」

「学校でからかわれたんですって。「給食の時間で一言も喋らないなんて変なの」って」

「……そうか」


 隣で片づけをする妻の言葉を聞きながら、真保は無心で食器に洗剤を纏わせる。


 美味よしみ家は、黙食主義もくしょくしゅぎだ。食事に集中するために、食事中に会話を一切しないのである。真保はこれを仕事でも貫いているため、会食という概念が存在しない。あくまでも商談は商談、集中して臨むべきだという、彼の考えのものだ。


「……子供たちも、せめて学校では会話してもいいんじゃないかしら」

「両立できるなら別にいいし、本人たちが言うなら、別にやめても構わんさ。ただ、

周りと合わせて、流されてというなら、それは本人の意思とは言えない」

「でも……」

「――――――お前も、俺に付き合う必要はないんだぞ」

「貴方……」


 食器の水気まできっちり拭き取ると、真保は自身の書斎へと向かった。そして、カバンに咄嗟にしまい込んだ、「てくてくロードオータムフェス」のチラシを見やる。


(……商店街、か……)


 考えただけでも頭痛がする、忌まわしき過去がちらつく。

 頭を抱え込んだまま、真保はそのまま眠りについてしまった。


******


「……あ、アンタ!」

「――――――君は……」


 美味よしみ真保まさやすと登校途中の紅羽蓮が再び邂逅したのは、てくてくロード付近の轢き逃げ現場であった。


「……確か、「お弁当のたちばな」にいた……」

「何してんだよ、社長さんが、こんなとこで」

「……それは……」

「……冗談だ。全部知ってる」

「何?」


 蓮は現場にしゃがむと、すでに供えられている花に舌打ちした。加藤美恵は、まだ死んではいない。意識が不明なだけだ。


「ちっ、悪趣味な奴」

「……加藤くんのことも、知ってるのか?」

「まーな。ほれ」


 蓮はそう言って、名刺を真保に渡した。それをまじまじと見て、真保は目を丸くする。


「……探偵?」

「バイトだけどな。色々あって、この姉ちゃんを前に助けたことがあってよ」

「色々……まさか?」

「あん?」


 蓮は眉をひそめた。真保はごそごそとカバンをあさると、一冊のメモを蓮に渡した。


「……これを。ここに書いている商店街を調べてくれ。彼女の事件の手がかりがあるはずだ」

「何?」

「……私は、目をつけられて大きくは動けない。頼んだぞ」


 真保は小声でそれだけ言うと、商店街からいなくなってしまう。蓮はメモをちらりと見やると、そのまま乱雑にポケットにしまった。


「――――――安里か? いまから学校フけてそっちに行くわ」


 理事長に学校を休むことを伝えると、蓮は駅に向かって歩き出した。

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