12-ⅩⅩⅣ ~達人と店主の軋轢~

 達人がそれぞれのお店に入り、指導を始めてから、3日が経過した。蓮たち安里探偵事務所の面々も、ちょくちょくと味見や視察に勤しんでいる。

 松の連れてきた達人たちは、いずれも強者つわものばかり。蓮でも聞いたことのあるような、有名店の店長ばかりだった。一体どうやって引っ張って来たんだ、あのじーさんは。

 そんな達人たちにもまれ、店主たちも着実にレベルアップしている。事実、今食べている「ボノ・ボーノ」のカルボナーラも、なかなかに美味い。


「――――――だから、何べん言ったらわかるんだっ!」

「す、すいません!」

「アンタ何年やってんだよ! このバカ!」


 ――――――ただ、厨房から聞こえてくる罵声ばせいはいただけないが。


「……達人、口悪いな……」

「た、たたき上げだから、達人なんじゃないかな……」


 一緒にパスタを食べている愛とぼそぼそと話しながら少しカウンターを覗くと、若い男にぺこぺこと頭を下げる、年配の店主の姿が見える。その様子を見るだけで、食欲10%ダウンだ。


「……普段の店でも、あんな感じなのかねえ」


 さすがにそれはないか。というかキレるにしても、客のいないところでやってるだろう。「ボノ・ボーノ」含む各店舗はいずれも準備中。蓮たちは関係者として、試食に来ているだけ。なので、お客さん扱いではないのだろう。

 松の連れてきた達人は、いずれもこんな感じであった。「西筒シャーピン」他2店舗も、行くたびに達人の檄が飛んでいる。平和なのは、丁寧に教える先田の「更科」くらいだ。


「――――――少しつゆの味を改善しましょうか。昆布の旨味を、もっと効かせた方がいいかもしれません。次はそれを試してみましょう」

「はい、先生」


 達人と呼ばれる人たちの中で店主より高齢なのは、「更科」だけである。ほかの達人はいずれも、店主と同世代か、それよりも若い。「ボノ・ボーノ」は店主が55歳、対して達人は40歳だ。15も下の男に怒鳴り散らされるというのは、どういう気持ちなのか、蓮にはいまいちわからない。


「先田さんの場合、素人でもあるから……師匠と弟子っていうかは、一緒に味を作っていく仲間というか?」

「……そーいうもんかねえ」


 愛の言葉に相槌を打ちながら、蓮はカルボナーラを一気に啜る。行儀悪いかもしれないが、これが紅羽蓮流の食べ方なのだ。咀嚼しながら、耳に残る怒声に苛立ちが募る。


「轢き逃げの件も、結局安里が調べるしかねえからなあ」

「もどかしいよね……」


 愛も呟きながら、カルボナーラを口に運ぶ。こちらはさすがというか、品のある食べ方だった。

 加藤美恵の轢き逃げの犯人は、間違いなくあの時彼女を襲っていた連中であるのは町がいない。間違いないのだが……。


「あの野郎、袖にでも触っとけってんだよ。ったく、詰めが甘いんだから、あの野郎バカは……」


 蓮がぶつぶつ言うのは、安里修一という男の能力についてである。「同化侵食」という能力を持っている安里は、対象に触れることで対象と「同化」し、対象の記憶などの情報を丸ごとかっさらうことも可能なのだ。

 それなのに、安里はあろうことか、あの現場の誰にも、触れていなかったのである。


「いやあ、まさかこんなことになるなんて思わないじゃないですかー。あっはっは」


 そんな風に安里は笑っていたが、そんなアイツに蓮はアルゼンチン・バックブリーカーを決めてやった。そんなわけで、地道にレンタカーショップをあたるしかなくなってしまったのである。


「……祭りが終わるまでに間に合うのか? 犯人捜し」

「そこは安里さんに期待するしかないんじゃないかな? それより……」


 愛はちらりと、厨房を見やった。「だからさっきから言ってんだろうがぁ!」と、達人が怒号をぶちまけている。


「私は、こっちの方が心配かなあ……」


 愛の不安な気持ちは、遠からず的中することになる。


******


「――――――紅羽くん、いるかい!?」


「更科」で蕎麦を試食している蓮のところに松が息を切らして駆け込んできたのは、2日後の事だった。今日は、蓮は一人で蕎麦を食べに来ている。愛は自分の家の手伝いで来れないとのことだった。


「……どうしたんだよ?」

「た、大変なんだ!」


 明らかにただ事ではない様子の松に、蓮も思わず身構える。


「――――――「西筒」の西田くんが、いなくなった……!」

「……は?」

「達人の指導に耐えられなくて、店を飛び出してしまったんだよ!」

「――――――はあああああ!?」


 身構えていたはずなのに、蓮は結局、声を荒げてしまった。

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