12-ⅩⅩ ~達人探しをどうするか?~

「商店街の、イベント……?」


 てくてくロード組合長のまつ武夫たけお、御年70歳は、現在家業の呉服屋を息子に任せている。そのため時間的余裕はあるらしく、呼んだらすぐに来てくれた。

 一同は、安里探偵事務所下のからあげ定食屋「おさき」に集まっている。


「直近のイベントって、なんかありませんかね? それに合わせて、飲食店の皆さんには、頑張ってもらおうかと思うんですけど」


 以前松に頼まれた、「飲食店組合の面々をよろしくお願いします」という依頼については、受諾の意をすでに伝えている。なので今すべきなのは、具体的なプランの話だ。


「――――――直近の商店街のイベントと言えば、がありますな」

「オータムフェス?」

「まあ、10月と12月の間のイベントだね。ほら、11月って、イベントらしいイベントごとがないだろう? 間に何もないと寂しいから、毎年11月にもイベントを入れているんだよ」


 松は蓮にそう説明するが、実のところ11月もイベントを入れないと、クリスマスまでの期間がもたない、という世知辛い理由があったりする。大手スーパーだと、11月いっぱいを使って年末までの商戦準備をするところもあるが、この商店街にそんな長期戦はできなかった。松も敢えて、そんな理由は説明しない。わかっているのは安里くらいだろう。


「ちょうどいいのがあるじゃないですか! それを目標にできるといいですね」

「ああ、そうだね。といっても、あんまり時間もないが……」

「いつなんだ? そのオータムフェスって」

「再来週の土日」

「はえーな!?」


 思いもよらないタイムリミットに、蓮は声を上げてしまった。せめて、1ヵ月くらいあると思っていたが、見積もりは甘かったらしい。


「もうちょっと何とかならないのか!?」

「蓮さん、いくらなんでもそれは……」


 商店街だって、飲食店だけでない。ほかのお店もイベントに加わっているのだから、あまり無茶は言えないだろう。愛はそう思って、蓮の言葉を遮る。


「……いえ、美味よしみフーズとの折り合いも考えると、むしろこのくらいでいいかもしれません。猶予の交渉をするにしても、あまりにも長すぎると向こうも渋りやすいですから」

「つったってよぉ、いくらなんでも短すぎるだろ!? その間に達人なんて、どうやって探せばいいんだよ」

「達人……?」


 首を傾げる松に、安里はにこやかに例のテレビ番組のような作戦を考えていることを説明する。松は、納得したように膝をポンと打った。


「ああ、あの番組か。懐かしい、家内が好きで見ていたよ」

「ホントですか」

「達人、かあ。ふむ……、こちらで、何人かあたってみようか」

「心当たりがあるんですか?」

「昔商店街で世話したイタリアン店が、売れるようになっているケースがあってね。今でも、その店には時々通っているから、相談くらいはしてみるよ」

「あ、ありがとうございます!」

「いやいや。元々「よろしく頼む」とお願いしたのもこっちだからね。協力できる限りのことは、喜んでやらせてもらうよ」


 頭を下げる愛に、松はにこやかに答えた。その表情は穏やかだが、蓮は以前の野球の件のせいか、その表情にどことなく違和感を隠せないが……。


「――――――それでは、達人の調達は松さんにも協力してもらいつつ、何日入れるか、などの調整もいりますね。あとは報酬か。まあ、最悪これはこっちで何とかしましょう」


 安里はそう結論付け、松は「おさき」から出て行った。

蓮たちも上の事務所に戻り、一息つく。ホットケーキ食べた後にからあげ定食屋というのは、何も食べてなくても揚げ物の匂いで胃もたれがしそうだ。


「……松のじーさん、達人って何人くらいだろう」

「商店街の飲食店組合をまとめてやるなら、最低5人は必要です。後で確認してみますが……それでも、こちらも独自に達人の調達は必須でしょうね」

「つってもなあ。飯屋の知り合いなんていねえし、更に言えば売れてるようなところじゃねえとダメなんだろ。どうすっか……」

「誰か、いい店を知っている人でもいればいいんですけどねえ」


 残念ながら、蓮も安里も、馴染みの店などないタイプの人間である。大体はコンビニ弁当かスーパーのお惣菜、料理も母だったり愛だったりが作ってくれるので、外食する必要性がほとんどなかった。


「お前はどうなんだ、愛?」

「うーん、うちも自分で作ってがほとんどかな」

「……それもそうか」


 なんたって、お弁当屋だもんなあ。完全に偏見だが、お弁当屋の娘の行きつけの店とか、聞いたこともない。なんとなくだが、家でも弁当を食べているイメージである。


「さすがにそんなことないよ!? ……廃棄直前のおかずは、たまにあるけど」


 愛は慌てて訂正しながら、うーんと考えこむ。

 しばらく考えた後、愛の頭上にきらりと、電球が光った。


「あ、そうだ。ちょうどいい人いるじゃないですか! ご飯屋さんで、私たちも知ってる人! 味なら、それこそ私が保証しますよ」

「え、います? そんな人」

「またまたぁ、いるじゃないですか!」


 安里の問いかけに、愛はにこやかに頷く。


 彼女の鼻孔には、まだほんのりと唐揚げの匂いが残っていた。

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