12-ⅩⅨ ~まさかの貧〇脱出大作戦!?~

「……と、いう訳で。具体的に、どうやって復活させましょうか?」


 安里はにこやかに笑いながら、蓮たちに問いかける。肝心な飲食店組合の面々は、事務所にはいなかった。「お気持ちだけで、まずは結構ですよ」ということで、丁重にお帰りいただいたのである。しかしその真意は、何も考えてないことをバレないようにするためだった。


「お前、ノープランだったのかよ!」

「だって、正直彼らが改心すると思ってなかったので……」

「ええっ、じゃああのウィンク、何だったんですか!?」


 愛も驚愕を隠せない。あのウィンク、あの展開を予想していたんじゃなかったのか……。蓮も、完全にそうだと思っていた。


「いやあ、正直復活しようにも、性根の問題でダメ! この件終了、お疲れさまでした! って風になるかなって。ちょっと思ってたんですよねえ」


 言い訳じみたことをつらつらと述べる安里に、蓮も愛も「さては相当面倒くさかったんだな……」と悟る。安里の詭弁きべんはそれから3分くらい続いていた。


「……そんな訳で、どうしましょうか?」

「せっかく商店街の人たちがやる気になってくれたんだから……まずはお金を何とかしないといけないんじゃないですかね」

「いや、それより、アイツらが自分で稼げるようにならないとダメだろ。今のままじゃ、金払ったところでまーたどん詰まるぞ」


 正直、ラーメンも蕎麦もあの味で、そんなに稼げるとは思えない。というか、稼げるなら彼らだって、ちゃんと支払いをするはずなのだ。わざわざ信用を損なうような真似をする必要はない。ツケとは本来、それほどリスクのある行為なのだ。


「……となると、やはり彼らのレベルを上げることが急務でしょうかね」

「でも、どうやって?」


 蓮も安里も、料理の指導などできるはずがない。愛だっていくらお弁当屋の娘とはいえ、飲食店の料理のことなど門外漢。というか女子高生が、いい歳のおじさんおばさんたちに料理の指導なんぞできるはずがない。


「……ねえ、に教えてもらうのは?」

「「「達人?」」」


 頭をひねる蓮たちに横から声をかけてきたのは、引き続きホットケーキを食べている夢依であった。


「夢依、何ですか、って」

「知らないのおじさん? 達人に教えてもらって成功したお店、いっぱいあるんだよ?」


 どや顔で笑う夢依の口には、ホットケーキがちょっとついている。誰も言わなかったが、彼女は勝手に口を拭った。そして、ボーグマンを手招きすると、彼の胸元をディスプレイ変形させる。


 リモコン操作で表示されたのは、黒光りするオッサンのどアップだった。昨今テレビではめっきり見なくなったが、蓮たちもその名前を知っている。

 映っている映像の粗さを見るに、相当昔のテレビ番組であることは間違いなかった。


「これ。なんかこの間、おすすめに出てきた」

「――――――動画サイトさん、何考えてるんでしょうね? こんな子供相手に」

「つーかこれ、相当古いだろ。作者ヤマタケだってリアタイで見てねえぞ、こんなの」


 調べたところ、この番組は1998年から2002年の間だという。ブラウン管テレビの時代だが、蓮たちは生まれたころから地デジの人類であった。

 内容は貧乏にあえぐ自営業の方々が、その筋の人気店の主、通称「達人」に教えを乞い、再起を図る番組だ。途中で達人にめっためたに怒られ、店主が泣きながらも腕を磨いていくのがお約束となっている。

 なお、どんなに逆立ちしても小学生の動画のおすすめラインナップに出てくるような代物では到底ない。


「……こんな感じで、達人にお願いすれば何とかならないかな?」

「まあ、リアルガチでやればなんとかならないこともないでしょうが……」


 確かに、専門の人に教えてもらえるんであれば、それに越したことはない。最大の問題があることに目をつぶれば。


「……で、その達人とやらをどこから引っ張ってくるんですか?」

「……あ」


 そこまで考えていなかった夢依は、食べようとしていたホットケーキを取り落とした。現実はテレビとは違う。そんな都合よく、店の窮地を救えるような達人などいないのだ。ああいうのは番組スタッフが入念な打ち合わせと交渉の末、番組に出演していただき、神聖な厨房にカメラや音響、スタッフを入れさせていただくのである。


「愛さん、貴方、厨房に何日もテレビのスタッフがいたらどう思います?」

「え? うーん……正直、邪魔かなって……」

「えー、そうなの?」

「そりゃそうでしょう。それもこれも、巡り巡って自店の宣伝につながるからこそ、ああいったバラエティ番組は成立しているんです」


 それに対して、今回の場合は達人側のメリットが一切ない。テレビの入りはないが、宣伝効果もない。なので、達人が来るメリットもないのである。


「今回の場合、本当にただただご迷惑をおかけすることになるでしょうしね。宣伝効果も、一探偵事務所とテレビでは、月とすっぽんです」

「でも、何とかなるんじゃないの? おじさんなら」

「そりゃ、できなくはないですけど。あくまでこれは安里探偵事務所の問題ですからねえ」


 悪のフィクサー、アザト・クローツェが、たかが商店街の飲食店救済のために大手を振るわけにもいかない。加えて言えば、これは悪事ではなく、完全に人助け。極力悪党としての力を使いたくないというのが、安里の正直な心情である。

 こうなると、達人を探すところから難易度が高い。安里探偵事務所に、そう言ったコネはないのだ。


「あのレベルのお店を再生させる達人となると、どうやって探したものか……」

「それに、問題は再生させるだけじゃないと思います。美味よしみ社長に認めてもらうなら、それに見合った期限もないと……」


 進言された愛の言葉も、まさにその通りだ。飲食店の再生も、だらだらと時間をかければできるかもしれないが、そうなるころには美味フーズとの取引も完全に打ち切られてしまうだろう。それまでに、何かしらの手段で再生をアピールする必要がある。


「それに、明確なタイムリミットがあった方が、お店の人たちも危機感を持って臨んでくれるんじゃないかな……なんて」


 安里はふむ、と顎に手を当て、少し考える。


「……松組合長に、相談してみましょうか」


 ポツリとそう言い、安里はスマホを取り出し始める。なんで彼の連絡先を知っているのか。蓮も愛も深く考えることは、とっくの昔にやめていた。

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