12-ⅩⅧ ~飲食店組合復活への兆し~
「あ~~~~~~~~~~~~~~! やっちゃったあ~~~~~~~~……!」
安里探偵事務所で、愛は自分のデスクにて打ちひしがれていた。
「年上相手にお説教なんて、私の
「まー、迫力はあったぞ。よく言った、よく言ったよ」
「さすがお弁当屋さんの娘でしたね。説得力もありましたよ。……たぶん」
安里の「たぶん」という言葉に、愛は「うううううううう……」とうなだれる。「更科」で組合の人たち相手にブチ切れてしまったことを、彼女はしこたま後悔していた。
「ただの小娘が何言ってるんだ、って思われたらどうしよう……」
「別に思わせておけばいいのでは? 何かが減るわけじゃなし」
「私の中の何かが減るんですぅ……!」
そんなことを言っていると、ぐぅ、と、事務所の中に腹の虫の音が鳴り響いた。全の視線が一斉に、突っ伏している愛に集まる。
「……減るって、お腹が?」
「うううううううううううううううううううううう……!」
夢依の一言が、愛にクリティカルヒットした。もう彼女のライフは瀕死の赤ゲージ。ピコン、ピコンとアラートが鳴っている状態である。
「つーかお前、店で蕎麦食ってなかったっけ?」
「あんなのじゃ足りないよぉ……」
「更科」の温蕎麦の1杯の量は、確かに少ない。麺も具も、物足りない、というのが共通の感想である。少なくとも、剣道をたしなむ10代後半女子の食べる量には、全く足りなかった。何より、その1杯で800円。間違いなく高い。
「まー、恐らくは、食材の仕入れがきつくなっているんでしょう。でしょうが……」
「ただ量だけ減らしたところで、客が付くとは思えねえけどな」
「そうなんですよね」
結局のところ、あの商店街は詰んでいるのだ。そんな状態であれば、撤退するという
「それだと、加藤さんの心配は解消されませんねえ」
「だよなあ……」
商店街は今、客が来ない → 食材の代金が払えない → 仕入れが厳しい → さらに客が来なくなる → 以下エンドレス……、の悪循環に陥っている。どこかの問題を払拭しない限り、この負のスパイラルから脱することは難しいだろう。
「1番近く確実なのは、食材の仕入れをできるようにすることです。ですが、そのためには……」
「あの堅物社長を説得するしかねえ、と」
それがかなり厄介だろう。何せ、彼にとってこの商店街の評価は最悪だ。そのマイナスイメージをプラスには行かないまでも、少なくともプラマイゼロくらいには持って行けないと、話にもならない。
「そして、そのためには、
商店街には、そんな金が当然ない。稼ごうにも、飲食ではどん詰まりで稼げない。まさに絶望とはこのことか。
「……結局のところ、金かぁ。お前、融資したりできねーの?」
「あのねえ、僕は金の成る木じゃないんですよ。大体融資なら、ちゃんと返済の計画立ててくれないと」
何言ってんだ、その気になれば身体から万札大量に噴出できるくせに。そう思ったが安里の言うことは至極まともなので、蓮は呑み込んでおく。
「それに無償で貸すっていうのは、怖いもんです。後々何を要求されるか、わかったもんじゃない。だったら、ちゃんとした契約で貸借の関係を結ぶ方が、いくらかクリーンなんですよ。こっちの求めるものも、相手にはっきりとわかりますからね」
「そんなもんか……?」
蓮は訝し気な眼を向けるが、安里はにこやかに笑いながら、どこからか取り出している万札をひらひらと揺らしていた。
「そんなもんです。今の彼らでは、残念ながら僕が融資したくなるような条件は満たしていないんですねえ」
それが結論である。てくてくロード飲食店組合を救うことはできない――――――今のままでは。
「愛さんの悲痛な叫びが、何かのきっかけになるといいんですけどねえ」
「やめてください、恥ずかしいから……!」
そうだそうだというように、愛の腹が再びぐううう、となる。何ならさっきよりも大きく、長めだ。
「……なんか、ありあわせで作ろっかな……」
「お、いいな。俺も中途半端に食ったから、腹減っちまった」
「冷蔵庫、何ありましたっけ」
愛が冷蔵庫を開けると、中には卵と牛乳。そして、キッチンには調味料がそこそこ。これらの食材で、愛が導き出した料理は――――――。
「……ホットケーキでも焼こうか?」
「ホットケーキ!」
一番にテンションが上がったのは、夢依であった。
「ははは、ホットケーキ程度で喜ぶとは、夢依もお子様ですねえ」と笑う叔父は、次の瞬間、夢依のフードのアップリケから放たれたこぶしに、床に叩きこまれていた。
******
「……あ、あの……」
「おや?」
愛謹製のホットケーキに事務所メンバー全員で
「どうも。さっきぶりですね」
安里が、ホットケーキを呑み込みながらにこりと笑う。対して向こうは、なんというか、元気がない。
「……その、先ほどは……どうも……」
「そんな、お礼を言われるようなことはしていないと思うんですが。ねえ?」
「は、はい……」
エプロン姿でホットケーキと合うコーヒーを用意していた愛も、つられるように元気をなくす。さきほど、この大人たちに対し、彼女は大人気ないマジギレをかましたばかりなのだ。気まずくて仕方ない。
「……ああ、あの。さっきは……すまなかったね」
「え、いや。こちらこそ……言い過ぎました……ごめんなさい」
「いや、君の言うことはもっともだった。だから、その……」
店主はしばらく言いよどんでいたが、やがて意を決したように、蓮たちに頭を下げた。自分たちの孫くらいの、少年少女たちにである。
「――――――飲食店組合を復活させる、手助けをお願いします。
「更科」の店主につられるように、他の店主たちも頭を下げてきた。あの、「西筒」の西田ももちろん、一緒に頭を下げている。
「……ほう。結構なことですね」
安里がほっとコーヒーを飲みながら、ちらりと愛を見やる。そして、ぱちりとウインクした。
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