12-ⅩⅦ ~激昂、立花愛~
「轢き逃げに遭ったのが、美恵ちゃん……!?」
「やっぱ知ってるのか、アンタも」
蓮たちは、商店街の
「そりゃそうだよ、いっつも取引の話してたんだから!」
横から口をはさんできたのは、ラーメン屋「
「……轢き逃げ犯は捕まったのか?」
「いいえ、おそらくまだでしょうね」
「な、なんでよ!?」
「僕らに聞かれましても。それは警察のお仕事ですからねえ」
声を荒げる更科和子に、安里はへらりと笑みをこぼす。彼女はその笑顔で、何も言わなくなった。400万の借金はデカいらしい。
「……早く捕まってほしいねえ、轢き逃げ犯」
「それで、俺たちを呼んだのは、それを伝えるためかい?」
「それなら、店に直接来てもらえば……」
「ええ、ええ。まったくもってその通りなんですけどね?」
不満を漏らす飲食店組合の方々に、安里はこほん、と咳払いした。
「そもそものお話なんですがね。……なんで現場が、この商店街の近くだったんでしょう?」
「え?」
「先日お会いしたときに、ちょっとお話したんですがね。彼女、ここの担当、外れたんだそうですね」
「あ、ああ。それは、本人から話があったけど……」
「そうなんです。だから彼女には、わざわざこの商店街に来る理由がないんですよ」
「じゃあ、なんで……?」
――――――そんなこともわかんねえのか。
苛立ち、一緒に来ていた蓮が、立ち上がろうとしたとき――――――。
「――――――そんなことも、わからないんですか……?」
先に呟いたのは、蓮の隣に座っていた愛だった。わなわなと震えて、うつむいたまま呟いている。その呟きが聞こえたのか、商店街の面々も一斉にこちらを見ていた。
「……貴方たちのことが、心配だったんですよっ!?」
とうとう我慢できなかったのか、机を思い切り叩いて、愛は勢いよく立ち上がった。
「担当が変わって、上手くやっていけるのかって! ……みんなが、お金ちゃんと払わないから……!」
「いや、それは……」
「何なんですか、あんなに若い人に心配かけて!」
愛の目には、涙すら浮かんでいる。加藤のこともそうだが、商店街の面々の心配が、上っ面の様に見えて仕方なかったのだ。考えているのは、自分たちの事ばかり。
客商売のはずなのに、そのお客の事すら見ていないように感じていた。それが愛には許せなかった。
「大体……何ですか、このお蕎麦!」
「え」
「つゆが薄い、具も少ない。蕎麦も茹ですぎてちょっと伸びてる! お客さんは、これで満足なんですか!?」
愛がこの味に許せなかったのは、プロである自分の両親を見ているからだ。
毎日、新しい商品を開発しようと、うーん、うーんと頭をひねっている。味にも工夫を凝らして、どういう味にすれば、お客さんが喜んで食べてくれるか。それはもちろん、リピーターとして来てくれることも期待してのことだが、それ以上に「美味しく食べてもらう」。この気持ちがあるからこそ、愛の両親のお弁当は、そこそこに、愛を私立高校に行かせることができるくらいには稼げているのだ。
両親のお弁当にかける思いは娘の愛だけでない。バイトで働くエイミーほかパートの人にもしっかり伝わっていて、一緒に試行錯誤しながらお弁当を作っている。だからこそ、愛が考案したお弁当にリピーターが付いた時など、愛は飛び上がりそうなほど嬉しかった。
その嬉しさを知っているからこそ、この商店街がなおさら許せないのである。
「貴方の先代のお蕎麦も、この味だったんですか? だとしたら、どうしたらもっといろんな人に食べてもらえるか、工夫はしてるんですか? どうなんです?」
「そ、それは……」
「このお蕎麦屋さん、私達が来るまでお客さんはいませんでした。今、何時ですか? お昼の13時ですよ? お昼ご飯を食べる人は、いっぱいいますよね!?」
愛の言葉に、飲食店組合全員の顔が歪んだ。この場にいること――――――つまりは、この掻き入れ時の時間に店を開ける余裕がある、という事。そこに、安里に呼ばれたからとはいえ、のこのこと来ていることが、すべてを物語っていた。
「――――――もうちょっと、必死になった方がいいと思います。……以上です」
愛はひとしきり言い終わると、そのまま席に着いた。その隣で蓮は、思いっきり怒り散らした愛に対し、あんぐりと口を開けて見つめている。
(……コイツ、怒ると結構まくしたてるよな……)
蓮の言いたかった怒りや不満を全部愛がかっさらってしまい、行き場のなくなった蓮の感情は、ため息となって漏れた。
「……たかが女子高生が何言ってんだと思うかもしれねーけど。だったら、たかが女子高生に言われて言い返せねえアンタらは何だってんだよ」
それだけ言い捨てて、蓮は愛を連れて「更科」を出て行く。安里は「ああ、まだ話は終わってないのに」と言い、やっぱり出て行く準備を始めた。
「え、ちょっと……」
「ま、今回はご報告ということで。何か、進展がありましたらお伝えしますし、何かありましたらいつでもご相談ください。基本、暇してるんでいつでもオーケーですので」
安里はテーブルの上に探偵事務所の名刺を置いて、にこやかに笑った。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
深々と礼をして、引き戸を閉める。残った組合の面々は、さながら道化にあざ笑われた愚者の様に呆けていた。
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