12-ⅩⅤ ~営業部第二営業課 加藤美恵~
「……えっと、助けてくれてありがとう、で……いいのかな?」
「いいんじゃないですかね?」
商店街から少し離れたところにあるファミレス。チェーン店だが、だからこそ安定感のある、若者からご年配まで御用達の食事処である。
蓮たちは女性を連れて、ファミレス一番奥のボックス席を占領していた。
女性が「お礼がしたい」というのもあるが、理由がもう一つ。
「……腰抜けちゃって、立てないから座れるところに行きたいんだけど……」
という、女性の強い要望もあり、近くにあったファミレスに行くことにしたのだ。商店街はさっきまでいたし、戻るのはなんだかばつが悪かった。
「ま、あんな連中に絡まれりゃ腰も抜けるわな……いてっ」
のんきにフライドポテトを摘まんでいる蓮のわき腹に、夢依が肘を入れる。「お前のせいだ」と、言わんばかりに結構マジな攻撃だった。
「……それで、その……」
「ああ。僕らの素性もわからないと不安ですよね。はい」
女性に対し、安里はお手製の真っ黒デザインの名刺を手渡す。名刺を見やった女性は、「探偵事務所……?」と名刺と安里たちを交互に見やる。まあそうなるよなあ。
「……探偵さん、なの?」
「年齢は若いんですけどね。で、お手前は?」
「あ、私は、こういう者です」
女性はキノコのキーホルダーが付いたカバンから名刺を取り出すと、安里に手渡した。その一枚を蓮たちは、顔を寄せ合って見やる。
『株式会社
「美味フーズ?」
「うん。食品会社。知ってる? 地元だと結構有名なんだけど」
知ってるも何も、ついさっきまでそのゴタゴタに巻き込まれていたばかりである。
「ええ、まあ。存じ上げてますヨ。ユウメイデスカラネー」
「やっぱり!」
加藤、と名乗った女性は、ぱあっと顔を明るくする。そばかす顔のちょっと垢ぬけない彼女にとって、この会社の知名度はある種のアイデンティティなのかもしれない。
(……あれ?)
蓮はふと、名刺の文字が気になった。
「……第に……いっ!?」
呟きかけた蓮の太ももを、安里がつねった。怒りにじろりと安里を見やれば、彼の目は漆黒の闇をたたえている。
(……れ、蓮さん! たぶん……)
(……あぁ、そうか)
愛の耳打ちでようやく、蓮は合点がいく。
気になったのは肩書の「第二営業課」。商店街と言った大衆飲食店は、第一営業課の管轄のはずだ。第二営業課は、小売店の管轄である。
(……それが何で、商店街の近くにいるんだよ?)
問いただしたかったが、それはできない。なぜならこの情報は、安里が不正アクセスで手に入れた情報だ。というか、今日会ったばかりの探偵がそんなこと知っているとか、加藤からしたら恐怖以外の何物でもない。
「美味フーズの社員さんということは、どこかに食品を?」
「ええ。この商店街の担当――――――だったんですけど」
「ですけどって言うと……担当替えでもあったんですか?」
もう分かり切っているくせに、安里は加藤の言葉を誘導していく。加藤は安里の言葉に、こくりと頷いた。
「……実は、社長が変わって、営業方針が社内でも大きく変わるってことで、人事異動があったんです」
どうやらそんなに機密事項でもなかったらしい。というか、営業先に説明しないといけないから別に隠す事でもないのか。
「それで、ここの商店街の担当からは外れてしまったんですか?」
「はい。……でも、気になって。今、この商店街には、誰も行ってないって聞いたから」
「それって……」
本来商店街を担当している第一営業課は、最近めっきり営業に出ている様子がないらしい。加藤はかつての上司が会社から出るところを、見たことがないそうだ。
「だから、第二、第三営業課に異動になった元第一営業部の人たちで、様子を見に行こうって話になったんだけど……」
「そうしたら、襲われたわけですか」
安里の結論に、加藤は頷いた。
「正直私もなんで襲われたのか、そこまではわからないんだけどね……」
「でも、アイツら明らかに、アンタを狙ってたよな?」
「それに恐らくですけど、彼らはいわゆる「本職」の方でした。行動が組織的だったし、年齢層もばらばらでしたからね。それに、「怪人」というワードを使っていた」
そんなワードが飛び出るのは、その世界に身を投じている者だけだ。となれば、いわゆる本職か、はたまた悪の組織か、という結論に至る。
「……妙にきな臭い事態になってきたな」
「ですねえ。加藤さん」
「何?」
「悪いことは言いません。商店街に行くのはおやめになった方がいいですよ。どーせロクなことにならないと思うんで」
「え?」
「いや、僕らもついさっき、あの商店街からお仕事の相談を受けたんですけど。依頼料も払えない状態で、依頼だけしてきたもんですから。採算とるのは、難しいんじゃないですかねぇ」
と、いうか、だ。
「……あの。加藤さん、あの商店街の担当だったのなら、お金、払えてもらってないの、わかってますよね?」
指摘する愛の言葉に、加藤は俯くように、手元の水を飲んだ。
「……それは、そうなんだけど……。でも、だからって手を放したら、それこそあの商店街が大変なことになっちゃうでしょ? あの商店街、私が最初に担当になってから2年間、ずっとお付き合いしているの。だから、あそこの人たちがそこまで悪い人たちじゃないと、思ってて……」
そうは言っても、ツケにツケを重ねている現状。そんなの一社員が出向いたところでどうにかなるわけでもないだろうに。
「……忠告、ありがとうね。ここ、奢るわ」
加藤はお勘定を手に取ると、そのままレジへと向かって行ってしまう。そして、戻ってくることはなかった。
「……安里さん」
「うーん、どうしましょうねえ。別に依頼を受けているわけでもないですし……」
「でも、あの人、なんだかまた商店街に行きそうな気がするんです」
「――――――言っとくが今回は、運が良かっただけだからな」
もし、蓮たちがあの場にいなければ、加藤は今頃、どんな目に遭っていたか。想像するのも恐ろしい。また襲われた場合、今度は蓮たちが助けられる保証は、どこにもない。
「別に助けてやりゃいいじゃねえか。どーせ、依頼もなくなって暇なんだしよ」
「そうは言いましても、それに割く人員、どうするんですか。人的資源だって有限なんですよ?」
やろうと思えばほぼ無限に人間モドキを作れる奴が、何を言っているんだ。
蓮はそう思いながら、おごってもらったアイスコーヒーを飲みほした。
******
それから、3日ほど経ったころだろうか。
駅に向かうために商店街に向かった際、人だかりができていた。
(……何だ?)
ぞわり、と。
なんだか嫌な予感がして、蓮は人だかりに近づく。
ちょうど羽生さんが、外の騒ぎを聞いて出てきたところだった。
「おー、少年」
「なんかあったのか?」
「ああ、ひき逃げだって」
「ひき逃げ……?」
現場に行くと、すでに野次馬ができている。ちょうど、被害者が救急車で運ばれていくところだった。顔は見えない。
――――――そして、そこにあった、被害者らしき人物の持ち物であるカバン。
壊れたキノコのキーホルダーは、先日蓮が見たものと、同じであった。
「……なんて、こった……!」
同じところに同じキーホルダーを着けているなんて偶然、そうそうあるはずがない。アレは、まぎれもなく加藤美恵だ。
遠ざかる救急車の音を聞きながら、蓮は自分のこぶしを強く握りしめた。
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