12-ⅩⅣ ~依頼キャンセルと狙われる女~
「という訳で、こうやってお店に来た次第でございますですよ」
更科和子を連れた安里探偵事務所の面々は、商店街の蕎麦屋「更科」を訪れていた。にこやかに話す安里の傍らで、和子は青ざめている。
蓮と愛、あと夢依の3人は、普通に座って蕎麦を食べる腹積もりでいた。朱部とボーグマンはお留守番である。
「……つーか、なんでお前らいるんだよ」
「今回の件は、ちょっと私も腹に据えかねてるから」
こういう事務所の闇全開な案件の場合、愛は極力参加させないようにしているのだが、今回は積極的に着いてくるという。「まあ、覚悟があるならいいんじゃないです?」という安里の一言で、彼女らも着いてきたのだ。因みに夢依は「お蕎麦食べたい」という、至極シンプルな理由である。
「……あの、に、28万って、本当ですか? それも、依頼料って」
「はい。美味フーズの若社長の弱みを掴んでほしいという依頼を受けたもので。引き受けるにも、先立つものが必要なので」
「……お、お前、なんてことを……!」
「更科」の店主は目を見開いて、和子はバツが悪そうに目を背けている。
「し……仕方ないじゃないの……!」
「仕方ないって、お前なぁ……」
店主と和子は互いに言い合いを始めてしまっている。安里は言いたいだけ言ったから満足なのか、席についていた。
「さて……夫婦げんかが終わるまで、気長に待ちましょうか」
「お蕎麦は?」
「――――――出前でも取りましょうかね」
「蕎麦屋だぞ、ここ」
安里はスマホを取り出すと、どういう訳か蕎麦屋で出前で蕎麦を頼むという異例の事態となった。
******
「あ、あの。安里さん……」
「あ、終わりました?」
テーブル一面に敷かれたお蕎麦とどんぶりを片付けながら、安里は口を拭いている。出前にしては結構頼み、到底安里たちに食べきれるものではなかったが、ここには紅羽蓮がいる。先日の「空中庭園」のカツ丼と比べれば、こんなの軽いもんであった。
「お話、決まりました?」
「……依頼は、キャンセルさせてください」
「ちょっと、アンタ!」
店主のおずおずとした表情と、和子の驚きの表情に、安里は満足そうに笑みを浮かべる。
「そうですかそうですか。いや、こっちは一向に構いませんからねえ」
「すみません、家内がご迷惑を……」
「いえいえ。まあ、なんかあったら相談に乗りますよ?」
「……は、はあ」
店主はポリポリと頭を掻きながら、まごついている。
(……ババアもババアだが、ジジイもジジイだな)
カツ丼を平らげながら、蓮はそんな印象を抱いていた。何だか何事にもはっきりしないし、煮え切らない。和子が痺れを切らして強硬策に出た気持ちも、若干だがわかる。
「……それじゃあ、僕らはこれで」
「はあ」
結局店主は頭をぺこぺこ下げたまま、安里たちを見送るだけに終わった。
「――――――もうちょっと引っ掻き回せるかと思いましたがね。意外とあっさりでした」
拍子抜けしている安里たちは、出前の蕎麦などの器を店先に置いておく。こういうところは律儀なのだ。だったら店で食え、という話だが……。
「あんな優柔不断の擬人化みたいな方が組合長で、やってけてるんですかね?」
「やれてねーから、食材の金ツケにしてんだろ」
「それもそうですね」
「でも、あの人がリーダーシップを発揮してお金を払わないと、いよいよもってこの商店街は終わりですよ」
おそらく商店街のどの飲食店も、今の姿勢を積極的に変えよう、という人はいないのだろう。それは、「今までもなんだかんだで何とかなっていたから」。
そんな甘い考えは、先代社長の勝太郎がいたから成立していた、砂上の楼閣であることにいい年こいたおっさんおばさんが気づいていないのだ。
「ここらで一つ、大きく意識改革をしないといけないんですけどねえ」
「……ま、ダメならそんときゃそん時だ」
ドライなことを言う蓮だったが、一緒にいるメンバーの誰も、それを否定することはなかった。正直、商店街を使う機会自体がそんなにない世代の集まりである。
唯一のつながりであった更科和子の依頼も、結果としてキャンセルに終わった。
つまり、安里探偵事務所にこの商店街を助ける義理はどこにもない。
「じゃ、帰りますか」
「おじさん、私ソフトクリーム食べたい」
「お前、さっき食べたろ」
「食後のデザートは別腹!」
「きゃああああああああああああああ!」
商店街を出たちょうどのタイミング、突如会話に悲鳴が入り込んできた。まったく予想だにしていなかった蓮たちは、顔を見合わせる。
「……おいおい、今回は荒事ないんじゃねえのかよ?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
「と、とにかく行きましょう! あっちからですよ、声!」
走り出す愛に、蓮たちもあわてて追いかける。
声がしたのは、倉庫の間の狭い空間だ。
「待ちなさい!」
「――――――んあ?」
一番に駆け付けた愛が見たものは。
スーツを着た女性を囲んでいる、柄の悪い男たちだ。不良という年齢ではない、おそらくは本職の方々である。
「何だ嬢ちゃん、邪魔すんなや」
「あ、あ……!」
囲まれている女性はへたり込み、カバンを大事そうに抱えている。
男たちは女性から、愛へと標的を変える――――――訳ではない。しっかり、女性が逃げないように見張り役を作っていた。
(ほう、これは)
愛の後ろから様子を見やる安里は、男たちのしぐさにピンとくる。つまりは、この女性が目的として動いている。特に理由のない暴力目的なら、ここで彼女から目を切っても問題ではない。標的を女性から愛に切り替えればいいだけだ。
つまりは、彼女自身に逃げられてはならない理由があるらしい。
「なんだかわからねえが……痛い目に遭いてえなら、遭わせてやるぞ?」
男たちの一人が、指の骨を鳴らしながら愛に近づく。愛が後ずさると同時、蓮が前に出た。
「れ、蓮さん、後お願い!」
「おい人任せかよ!?」
怒る蓮だったが、だからと言って愛にこいつらの相手をさせるわけにもいかない。ため息をつくと、殴りかかって来た男のこぶしをノールックで受け止めた。
「何っ! ……い、いででででででででで!?」
男は顔を歪ませ、身もだえながら、地に膝をつく。その様子に、他の男たちも動揺の色が隠せない。
「て、テメェ……! 怪人か!?」
「あ?」
蓮は手を放すと、目の前にいた男を、女性を見張っていた男の方へと蹴り飛ばした。
「ごふっ!?」
「うわああっ!」
吹っ飛ばされて男同士が倒れる。もう、女性を気にしている余裕は、本職の人たちにはなかった。目の前の紅羽蓮に、一同は釘付けになる。
「――――――誰が怪人だ、コラァ!」
怒りと共に足を地面にたたきつけると、その衝撃で地面が割れる。わずかな地震だったが、その場にいた全員が立っていられなかった。
「……う、うおおおおおお!」
本職の人たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを見送りながら、蓮はふん、と鼻を鳴らした。
「まったく、こちとられっきとした人間だっつーの」
(……どこがだ……)
地面に膝をついている、その場の全員が同じ感想を思っていた。
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