12-ⅩⅢ ~自分勝手借金ババアへの一手~
更科和子は、安里探偵事務所に呼び出されていた。依頼をしてから実に3日、いささか遅いのではないか、と思う。
(――――――プロの探偵って言っても、所詮は若造ね)
あの探偵、それに野球の時に目立っていた紅羽蓮という少年も、和子には気に食わなかった。地元一の進学校に通っている自分の孫とはえらい違いだ。
なにしろあの綴編高校に通っているという噂である。あの学校に通っている時点で、ロクなもんじゃない、というのが、ご近所の総意だ――――――と、和子は思っている。
(それに、確かこの事務所、あのお弁当屋さんの娘さんもいるのよね)
「お弁当のたちばな」は、てくてくロードの面々も時々使う。ご近所ではなかなかに評判の良いお弁当屋である。まあ、地元への定着っぷりは自分たちは敗けていない、という自負はある。まだまだ若い者には負けない。
その意気込みを胸に秘めたまま、和子は安里探偵事務所のドアを開け――――――。
「……は?」
直後、間の抜けた声を出した。
事務所に、おかしな人物がいたのだ。それは、この場にいるはずのない人物。そして、和子は見知っている顔の人物。
「……どーも、更科さん。あんた、ここに依頼したんだって?」
黒いパーカーで坊主頭の、背の高い青年。耳にはえげつないピアスを着けている。
「……な、なんで、貴方がここに……!?」
「アンタも馬鹿だよな。こんなところとまで関わり持つなんてよ。……はい、じゃあ、後は頼みましたよ、安里所長」
「はい、どうもありがとう」
男が安里に頭を下げて去っていくのを、和子はぽかんとしながら見送っていた。
「びっくりしました?」
「あ、当たり前じゃない! なんで、あの人がこんなところに!」
「彼とはビジネスの仲でしてね。たまにお仕事を回してもらうんですよ」
唖然とする和子に、安里はにこりと笑って続けた。
「今日も、貴方の借金の借用書を売ってもらったところです」
和子の目が、ぐわっと見開かれた。うっすら化粧しているであろう顔からは、脂汗がしたたり落ちている。
さっきの男は、街の裏社会でそこそこに有名な闇金だ。安里は、ここの借金の債権を買い取ることがたまにある。闇金よりも安里の方がえげつなく、かつ確実に回収できるので、闇金側から売ってくることもあるのだ。
「な、なんで……」
「探偵が調べるのは調査対象だけだと思ってません? 依頼人についても、信用たる人物か調べますよ。こっちも慈善事業じゃなし、社会奉仕を前提とした企業ですからね」
安里がひらひらと借用書を見せびらかす。事務所の入り口から、和子は動けずにいた。蓮は応接用のソファで、そんな狼狽するババアを見やり、欠伸をかいている。
安里の猛攻は続いた。
「競艇で使いこんじゃったんですよね? それにしても、400万も借金なんてよく旦那さんに隠してできたもんですよ。今は自分の年金で少しずつ利息を返済していますが……これ、遠からずパンクするでしょう」
安里のつらつらと眺める言葉に、和子は俯くばかりである。
「しかも保証人は娘さんときた。これ、今こんな額になってること、娘さんは知ってるんですか? パンクしたとして、払えます?」
「そ、それは……」
「娘さんが45歳で、お仕事はパートですか。ちょっと保証力は弱いですかねえ」
「む、娘には言わないでください! ちゃんと払いますから!」
安里に言われたい放題で縮こまる和子を見やり、先日依頼に来た時の様子を、蓮はおもいだしていた。あの時は結構ぐいぐい来たのに、金の借り貸しの関係になった途端に、一気に弱弱しくなっている。やはり、金の力は恐ろしい。
「し、仕方なかったのよ……」
ポツリと、和子は呟いた。
「旦那はそば作るしか能がなくてあてにならない、商店街は不景気で、スーパーの建設も決まって、更に先行きは不安だし……。私だって、もっと、余裕があれば……!」
「余裕あったらあったで、どーせ変わんねえだろ」
ぼそりとぼやいた蓮の言葉に、和子はきっと蓮を睨む。たかだか不良が何を知った口を、というような目だが、蓮には一切通じない。
「まあ、たらればの話よりも、現実的な話をしましょう。ひいては、このお金と依頼料、どうやってお支払するつもりです?」
「そ……それは……!」
「ま、普通に考えれば、保証人の娘さんのところに行きますよね。娘さんに払ってもらいましょうか」
「そ、それはやめて! お願い! 親戚から、お金借りてくるから!」
「お、じゃあ行きますか? 今から」
安里がすくっと立ち上がると、和子はびくっと後ずさる。安里はその様子の和子を見て、すっかりご満悦のようだった。
「まあ、僕らそんなにお金に困ってるわけではないので、借金については猶予をあげても一向に構いませんよ」
「ほ、ホント?」
「依頼料はきっちりいただきますけどね」
顔を上げた和子に、安里はとどめを刺した。
「とりあえず依頼料は、前金で30万。依頼達成後追加で30万。合計60万。取りあえず、前金払ってもらいましょうか」
安里探偵事務所の料金システムは、極めてアバウトである。依頼料の基準は、安里の気分次第であった。ちなみに愛が初めて事務所に来た時の依頼料は、3000円である。
「……さ、30万……」
「はいはい。手持ちは?」
「……2万円……」
「じゃ、あと28万ですね。じゃあ、蓮さん」
「おう。いくぞ、オバサン」
「え、どこに……」
「旦那のトコだよ。店の金引っ張って来れば、依頼料くらいなんとかなるだろ」
まあ、借金は無理だろうけどな。そしてこいつは利子こそないものの、取り立ての代償に「侵食」してくる可能性もある。それを考えれば、闇金なんぞよりもはるかに恐ろしい。
(……いや、まあ……)
旦那のところに行くことを予期し、ガタガタと震えるババアを見て、蓮はため息をついた。そしてちらりと、安里を見やる。困ったように笑っていた。
やはり安里修一と言えど、こんなババアを「侵食」するのは嫌なんだろうな、と、蓮は結論づけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます