12-Ⅺ ~商店街と美味フーズの関係~
「つっても私も商店街に間借りしてるだけだからねえ。組合員でもないし、そんなに商店街の人と仲いいわけでもないんだけど」
昼飯を食べ終わった蓮たちは、羽生さんとようやく話をすることができた。ちなみに安里探偵事務所の面々は、もれなく「お代わりなし」である。
「何か些細なことでもいいんです。教えていただけませんか」
「というか探偵さん、なんで商店街の事なんて聞きたいわけ?」
「ある依頼を受けているのですが、依頼人側を調査するのも探偵の仕事でして」
「ふーん。あっそう」
相槌を打った羽生さんは、うーんと考え始める。
「……まー、『更科』のおばちゃんは、時々見かけるけどね」
「はあ。どこで?」
「競艇場」
「競艇!? 競艇なんてやってんのかよあのババア」
「あと、『西筒』の旦那さんも、競輪場で見たことあったな」
競輪て。というか商店街の面々もそうだが、この人も相当いろんなギャンブルやってんな。蓮は訝しみの目を、水を飲みながら羽生さんに向けた。
「……そんなことしてていいんですかね。正直、そんな余裕があるようには思えませんが」
「まー、食材の支払いとか、結構待ってもらってるらしいからね」
羽生さんの発言に、俺たちは見つめ合った。そう言えば商店街のピンチについて聞いたのは、あくまでも『西筒』の西田からの発言だ。となると……。
「……商店街側にも、取引を切られる理由があるんでしょうね」
それが安里の結論だった。
「……で、それを棚上げして社長脅そうってか? あのババアは」
そう言葉にすると、蓮はなんだか腹が立ってきた。そんなことに自分たちを
巻き込もうとしていることにも、苛立ちを覚えている。
「……まー、完璧な人なんていませんからね。多少の裏表があろうが、僕は別にいいんですけど」
ただ、あまりにもひどい事由となると、こちらとしても依頼を受けることができない。依頼人の信用度が下がるからだ。
「……つーか、ふと思ったんだけどよ」
「何です?」
「あのババア、依頼料どうするんだろうな」
「まあ、そこは何とも。正直、うちに来て依頼した時点で、払わせるのは確定ですし」
いったい何を以て支払わせるつもりなのか、安里は邪悪な笑みを浮かべた。
「でも、食材の支払いを待ってもらってるっていうのは……」
地元のご飯屋さん代表の愛は、他人事ではない、沈痛な表情である。
「そこは、一番外しちゃいけないことだと思います。だってそれ、料理屋さんとしての信用がなくなっちゃいますよ?」
「ふむ。それで長いことやってこれている、というのは、確かにすごいですよねえ」
「まあそれは、先代社長のひいきもあるんだろうなあ」
「先代社長の?」
食器を洗いながら言う羽生さんの言葉に、蓮たちは厨房を見やった。
「このてくてくロードって、かなり長い間からあるんだよ。それで、先代の勝太郎さんと商店街の組合長の松さんが幼馴染でさ。結構、仲いいみたいだよ」
「あのジジイか……」
確か、呉服屋をやっていると言っていた、商店街組合長の松武夫。以前少年野球の問題でもめた時に、商店街側の代表として蓮と接触してきた人物だ。
「ぶっちゃけ、私なんかよりも詳しいと思うよ? そっちにも聞いてみたら?」
「なるほど。それはいい事を聞きました」
安里は満足したように手を合わせると、「ごちそうさまでした」と告げる。コイツ、地味に一番食うのが遅くて、ちょうど食べ終わったところだったのだ。
******
組合長はどこかときいたら、なんと驚いたことに野球チームのグラウンドにいるという。店にいた店主(松の息子)に言われたので蓮たちが来てみれば、松はベンチに座って少年野球の練習を見やっていた。
「おや、紅羽君たちと……」
「……あんた、野球嫌いじゃなかったのか?」
「いやあ、あの一件以来ね。元高校球児だったことも思い出して」
以前見たようなきりっとした顔ではなく、年相応にしわくちゃのおじいちゃん、という感じの顔だ。
「……噂はにわかに聞いているよ。今度は、飲食店組合の問題に巻き込まれてるそうだね」
「それで、羽生さんから、先代社長が、あんたの幼馴染なんだって?」
「……かっちゃんのことか。正直、倒れたと聞いた時は信じられんかったよ」
「かっちゃん?」
「勝太郎だからね。私は「かっちゃん」と呼んでいるんだよ」
少年たちの練習風景を見やりながら、松さんはたそがれ始めた。
「―――――かっちゃんは、小学校の頃に、同じクラスだったんだ。転校が多くて、中学に上がる前にいなくなってしまったんだけどね」
美味勝太郎の幼少時代は、おとなしい少年であり、松も同様であった。そんな二人が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
だからこそ、大学で再会した時には、2人とも大いに驚いたものである。
「……もしかして、まっちゃん!?」
同じ経済学部、しかも同じ第二外国語の講義で再会したとき、2人そろって開いた口がふさがらなかった。
それから聞いた話だと、高校に進学するまではあちこち転校して回っていたらしい。親の仕事の都合で、一ヵ所に留まることがなかったんだそうだ。高校に入ってからは一人暮らし
を始めたそうで、家族ともたまにしか会っていないらしい。
同じ学部、幼馴染ということで、大学内では二人でつるむことが多くなった。
「まっちゃんは、進路決まってるの?」
「俺は、家業を継ぐ予定だから。かっちゃんは?」
「俺は……まだ決まってない。けど、転勤ばっかりだったから、一ヵ所で働ける方がいいな」
「ええ、でも、あちこち異動した方が、出世できるんじゃないの?」
「まっちゃん、ここに来るとき引越ししただろ? あれを延々とやる、ってなったら、どうよ?」
「……そりゃ、嫌だな」
「だから、俺は一つのところでじっくり腰を据えられる仕事がしたいんだ」
「地元に帰るのか?」
「わからない。故郷らしい故郷ってないからな」
転校ばかりの勝太郎に、これと言って故郷、と言える場所はなかった。
「だからどこか、転勤なしで働けるところに勤めようと思ってる」
「……そうか……」
そんな話をしているうちに、大学を卒業する時期になった。松さんは家業を継ぎ、勝太郎は結局、大手食品会社に勤めることになる。そして、徒歩市支部に勝太郎が勤務したときに、てくてくロードとの取引を担当することになったのだ。
「――――――いい町だな、ここは」
「そうか? そう言ってもらえると、嬉しいよ」
ともに「更科」でそばを食いながら、松さんと勝太郎は語り合っていた。将来、この商店街をどうしていきたいか。スーパーが台頭し始めているこの頃、商店街が生き残っていくにはどうしたらよいのか――――――。そんなことを、2人で何時間も。
そうして、4年ほど経ったころ。
「――――――俺の地元は、ここに決めたよ」
「どういうことだ?」
「転勤の辞令が来た。断って、辞表出す」
「何!? それで、どうするんだ」
「起業する」
食品業界に入ってから、色々なものを勉強した。それと同時に、起業の勉強もしていたらしい。勝太郎は、入社してからずっと、そのことを考えていたんだそうだ。
「まっちゃん。俺が起業したらさ――――――一緒に、仕事したいんだ。頼まれてくれるか?」
「……おう。まかせとけ」
松さんと勝太郎は、そう言って酒を交わした。
******
「――――――そんな感じだったな」
「結構がっつり幼馴染でしたねぇ」
松さんと勝太郎との思い出話は、思いのほか長かった。野球部の練習も、最初練習していたキャッチボールから、いつの間にやら実戦形式の練習となっている。
「もうちょっとフラットな幼馴染かと思ってましたよ。まさか大学まで一緒とは」
「それで、起業したのが「美味フーズ」。当初は、「美味食品」という名前だったね」
商店街の食品組合―――――それこそ、勝太郎が以前勤めていた食品会社が取引していた中に、勝太郎と二人で土下座して算入させてもらった。やがてその会社が景気悪化により撤退し、どんなに美味食品の景気が悪くても商店街は取引を止めなかった。そうして、商店街と美味食品の間柄はより親密になった。
「その関係が、今も続いているわけだよ。今じゃ、うちの飲食店組合がかっちゃんのところに面倒見てもらってる身だけどね」
「なるほど……息子の
「もちろん、知っているとも」
なにしろ、真保自身が、飲食店組合に来る前に、松さんのところを訪れたくらいだ。ちょうどこのグラウンドで、彼の話を聞いたのである。
「……真保君は真面目な子だ。今回の件も、ただ売り上げがないから、で済ませているわけではないと思う。……私からも、依頼していいかね」
「何でしょうか?」
「真保君のことだ。商店街のことはもちろん解決した方がいいが……。あの子も、何か大変なのかもしれない。どんな結果になるとしても、彼のことを――――――できれば、助けてやってくれないか」
松の表情は真剣そのものである。蓮たち一同は、黙って顔を見合わせることしかできなかった。
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