12-Ⅹ ~聞き込み、再び「空中庭園」へ~

「とまあ、営業部が統合されたことで、結構大変みたいですよ、あの会社」

「そうだったんですね……」


 出社してきた愛も含めて、安里は美味真保にまつわる依頼内容、ひいては美味フーズにについての情報を共有していた。


「現在の第一営業課の面々はほとんどが本社勤務で、営業なんて若手の時にちょっとかじっていたくらいですからね。今から行くのも大変でしょう」


 なにしろ、第一営業部で営業に走り回っていた社員たちは、軒並み第二、第三営業課に回されてしまっている。


「要するにゴミ捨て場か」

「うーん、辛辣。あながち間違いでもないですけどね」


 そして、真保の最近の動きを調べたところ、とんでもないことがわかっている。


真保まさやす社長の主な外出先は、商店街です。てくてくロードも、その一環ですよね」

「……おかしくないですか? いくら代替わりとはいえ、社長さん一人で、なんでそんなあちこち……」

「……まさか、他の社員が行かねーからか?」


 蓮の推測に、安里は苦笑いした。どうやら当たりらしい。


「第一営業課の人たちは外に出る足がどうも重いらしいです。それが、社長の単独行動をさらに促進させているわけですねえ」

「悪循環じゃねーか!」

「でも、どうしてそんなことを……」

「そうする、理由があるのかもしれませんねえ」


 そこまではまだわかりませんが、と安里は付け加えて、美味フーズの現状のすり合わせは終わりだ。


「ともあれ、僕の見立てでは、そんなに悪い人ではないと思うんですよ。融通が利かないだけで」

「それもそれでめんどいけどな」

「でも、弱みを握ってほしいだなんて……」

「あの奥さんも、おそらく追い詰められているんでしょうねえ。てくてくロードの面々も、そんなに動きがないんでしょうかね」


 蓮は安里と話しながら、「西筒」のラーメンの味を思い出していた。不味くはないが決してないのだが、これと言って「美味い!」と感動できるわけでもない、あの味。


「……同じ普通だったら、やっぱり安くて腹一杯食えるところがいいよな」


 そう考えると、あの「空中庭園」がそこそこに繁盛するのもわかる気がする。味のレベルが互角なら、後は顧客の注目をいかに引くか。あの店は、「お代わり自由」と「安値」という強みがあるから、組合に入らなくてもやっていけるのだ。なんだかんだで、利益を生み出す秘訣がそこにはある。


「……ちょっと気になりますね、そのお店。商店街の視察も兼ねて、行ってみましょうか」

「え、行くのか、あそこ?」


 蓮は思わず眉をひそめた。蓮が苦しむほどの量、安里が食えるとも思えないのだが……。


「なあに、胃をブラックホールにすれば問題ありませんよ」

「味わう気ゼロかお前!」


 怒る蓮と笑う安里に、愛は苦笑いをするほかなかった。


******


「いらっしゃい。……あれ、昨日も来たよね?」


「空中庭園」店主の羽生さんは、蓮の顔を見るなり目を丸くした。開店時間ちょうどの、一発目の客としての来店である。


「覚えてるんすか、俺の事」

「そりゃ、特徴的な見た目だもん。今日は……あれ、お連れさんが違うね」

「どうもどうも、僕こういうものです」


 安里が名刺を差し出し、羽生さんはまじまじと蓮たちを見やった。

 来店のメンバーは、ボーグマンを除く事務所のメンバー全員。今日は土曜日なので、

安里の姪である夢依も一緒であった。


「探偵さんかあ。名刺を出すってことは、そっちがらみの話?」

「話が早くて助かります。今日はお昼ご飯半分、調査半分でして」

「ふーん。ちょっと待ってな」


 羽生さんはそう言うと、ホワイトボードに「都合により開店時間を遅らせます」

と書いて、店の前に出してくれた。これで、店にほかに客が入ることはない。


「お気遣い、いたみいります」

「いいって、いいって。んじゃ、飯食いながら話そっか。注文どうぞ?」


 お品書きを見やり、蓮たちは一考する。どれもこれも、とんでもない量であることは承知の上だ。できるだけ、少なめに済むものがいい。


(……米系はまずいな。いくらでもお代わりできちまう)


 しかしながら、お代わりなんてどうやって防げばいいのだろうか。色んな攻撃をはねのけてきた蓮だったが、てんで想像がつかない。

 おそらく今まで経験した中でも、トップクラスの攻撃である。殴られようが撃たれようが平気な蓮だが、胃をパンパンにする攻撃があるというのは予想の範疇外だ。というか、予想ついてたまるか。


「う~~~~~~~ん……」


 めちゃくちゃに悩んでいる蓮の横で、夢依が真っ先に手を上げた。


「私、ハンバーグ!」

「はいよー、ハンバーグね」

「お子様ランチじゃなくていいんですか?」

「私もうそんな子供じゃないもん」


 年齢一桁の夢依の注文は決まった。安里も意を決して、「じゃあ、僕は焼肉定食で」と頼む。朱部は「私も焼肉定食」と、あっさり決めてしまった。


(……こいつらは、食ったことがないからそんな注文できるんだ)


 地獄見ても知らねーぞ、と蓮は心の中で思う。そして、メニューとにらめっこすること5分。


「あの、じゃあ私も注文いいですか?」

「はいよ」


 先に決めたのは愛だった。


(……何!?)


 驚く蓮を尻目に、愛はメニューを指さす。


「私、鯖味噌煮定食でお願いします」

「はい、鯖味噌一丁」

「あ、あと」


 愛はさらに、一言付け加えた。


「――――――お代わりは、なしでお願いします」

「はいはい。お代わりなしね」

「えっ」


 ――――――頼めたのか、そんな事。


 じゃあ、昨日のカツ丼地獄は……普通に阻止できたんじゃん。なんて自分は間抜けなのか。しかも、よく見たらメニューの端っこに、「お代わりなしを希望の方はお申しつけください」と、ちゃんと書いてある。要するに確認ミスだった。


「……あの、蓮さん」

「……あ?」

「呆けてないで、早く頼んでくれません?」


 呆然とする蓮を、安里がジト目でたしなめる。このままだと、話も進められない。


「ち、ちょっと待ってろって! えーと……」

「焦らんでいいから、いいから」


 慌ててメニュー表を見なおす蓮を、羽生さんは失笑しながら見つめていた。

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