12-Ⅴ ~お代わり地獄の空中庭園~

「いらっしゃーい」


 店主らしき人物の声と共に、蓮たちは店の中に入り、「おお……」と唸った。

 店の中は、結構客がいる。閑散としている商店街で、この客の入りはなかなかいい方ではないかと思うほどだ。

 店のキャパは、テーブルに6人、4人掛けのテーブルが3つ。そして、奥に小上がりの座敷が2セットだ。座敷が空いていたので、蓮たちはそこに陣取った。


「アニキ、お冷はセルフっす。ここ」

「あ、漫画あるじゃん!」


 不良どもは思い思いにリラックスし始める。本棚の漫画をあさり、お冷を持ってきて、スマホを見やる。きわめて一般的な、定食屋のくつろぎ方だ。

 蓮はそんな中、メニューを見やった。


「……まあ、定食屋だな。普通の」


 書いてあるメニューは、どれもありきたりなものばかり。焼き魚、焼き肉、唐揚げ、ハンバーグ、オムライス、チャーハン、などなど……。

 だが、目を見張るのはその値段である。


「嘘だろ。これ、600円て、マジかよ!?」


 定食の値段が、驚くほどに安い。メニュー表にあくまで書いているだけなので何とも言えないが、大体どのメニューも、一律で600円であった。

 ちなみに参考までに、『西筒』の味噌ラーメンは、並盛、トッピングなしで850円である。


「おいおい、マジで大丈夫なんだろうな、まっずい料理だったら帰るぞ、俺……」

「大丈夫っすよ。味はホントに、普通なんで!」


 頑なに「美味い」とは言わないのが、どことなく怖いんだけど。


「んー、じゃあ……」


 メニューをざっと見ること3分。蓮は自分が食べたいものを決めると、他の不良たちとアイコンタクトを取る。全員、意思は固まったらしい。不良の一人が手を挙げて、「すいませーん」と叫んだ。


「はいよー」


 注文を取りに来たのは、厨房にいた女性である。だが、この店に、他の店員はいない。つまり……。


(……この人が、「羽生さん」か?)


 パッと見、西田よりも若く見える。というか、商店街の店を出しているのなんて大抵が、還暦越えのジーさんバーさんばかりだ。若手である西田すら40代後半。だというのに、この女は30……いや、下手すりゃ20代だ。商店街の中でも、極めて異端である。


「注文は?」


 羽入さんが、いぶかしげな目で蓮を見やる。慌ててメニューに目を戻した。そもそも、自分は飯を食いに来たのだ。店主の容姿など、気にするところではない。

 蓮の連れたちは、「焼肉定食」「とんかつ定食」「トンテキ定食」などなど、思い思いのメニューを頼んでいた。羽生さんは、それを慣れた手つきで手持ちの紙に書き込んでいる。


「俺は……じゃあ、カツ丼。大盛で」

「えっ!?」


 向かいにいる不良だけではない。その店にいる、全員が蓮の方を見た。


「……何だよ?」

「いや、その……」

「量が多いってんだろ? なめんなよ、こちとら食べ盛りなんだからよ」

「おー、言うねえ。少年」


 羽生さんはにこりと笑い、「カツ丼大盛」を紙に書く。そして、「ちょっと待ってな」と厨房に戻ってしまった。戻っていく羽生さんの背中を見やっていると、不良が心配そうな顔をしている。


「だ、大丈夫なんすか、アニキ? 大盛なんて頼んじゃって……」

「いいだろ別に。こんだけ安いんだし、大盛頼んだっていいだろ? たった50円増しだぞ」


 大盛はなんと料金プラス50円。カツ丼大盛など、他のチェーン店だったら、下手すれば1,000円弱の代物だ。それがたった650円。無茶苦茶安い。


(にしても、ホントに仕入れとかどうしてんだろうな?)


 客の数はそれなり。しかも全員が男。それも、なかなかに食べそうな顔、体つきの連中が揃っている。連日こんな客層だとしたら、相当食材の消費も多そうだが。


「はい、お待ちどーさまー」


 そんなことを考えていると、羽生さんの声がした。どうやら、料理ができたらしい。声のする方を見やり、蓮は届いた料理を見て――――――。


「……あ?」


 思わず、変な声が出た。持ってきたのは、各々の定食。ワンプレートにおかず、サラダ、みそ汁、ご飯。ここまではいい。


 だが、なんでご飯の茶碗が俺たちの人数の倍あるんだ?


「お代わりはタダだから、まずはそれでお願いねー」

「え、いや、ちょっ……」

「はい、カツ丼大盛」


 そう言い、羽生さんが蓮の前に置いたカツ丼も、まあデカい。それこそ大盛ラーメン用の器に、バカでかい卵とじのとんかつが乗っている。受け取った時のずっしりとした重さから、中に米が詰まっているのは明らかだ。


「んじゃ、ごゆっくり」


 羽生さんはにこにこ笑いながら、座敷から離れる。蓮は呆然としながら、目の前のカツ丼を眺めていた。


「アニキ、だから言ったのに……」

「いや、まあ……お前らが言うんだから、多いとは思ってたけどさ……」


 まさか、これほどとは。しかも、各定食ですら、デフォルトでご飯が2倍ってどういうことだ。


「……これだけじゃないっす」

「え」

「あれ、見てください」


 促されて、戻っていく羽生さんを見やると、彼女、他の席の空いた茶碗に、ご飯をよそっている。普通に大盛のご飯が、客にどんどんと補充されていた。


「……量が多いって、そういう事かよ!」

「気を付けてくださいね、油断してると無限に食わされますから」


 ご飯をよそおうとする羽生さんを、「もういいです」と制しているお客さんもいる。つまりは飯を食いながら、随時飯を足してくる店主にも気を付けなければならないという事か。


「……食うか」

「そうっすね」


 各々割り箸を割ると、いよいよ『空中庭園』の大盛料理に向き合う。おかずに箸を伸ばし、口に入れた。


「……こ、これは……!」


 咀嚼する不良たちの表情は、いまいち優れない。それは、カツを食べた蓮も同じだった。そして、そうなる理由もわかる。


(……り、リアクションに困る……!)


 何だろう、この不思議な感じ。思わず吐き出すほどに不味いわけではない。だが、本来とんかつから感じるはずの旨味などが、極めて薄い。だが、食感が悪いわけではないので、結論としては「食えなくはない」だった。


「こんな飯も珍しいな……」

「これで、量もありますからね……」


 そうだった。このおかずで、俺たちは大量のご飯を食わなきゃならないのだ。しかも、さっきからこちらの様子をうかがってくる、店主の羽生さんのお代わりの目をかいくぐりながら。


(……ふざけんな!)


 こんな油断ならない定食屋は初めてだった。

 それでも頑張って、「普通」のカツで何とかご飯を食べ進めていた蓮だったが。


「……嘘だろ!?」


 ごはんの中に埋もれていた追加のとんかつに、蓮は絶望した。

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