12-Ⅳ ~”西筒”の憂い~

「――――――と、いうことがあってだねえ」

「ふーん」


 蓮は味噌ラーメンを食いながら、西田の話を半分程度に聞いていた。味噌ラーメンなのに、備え付けのコショウをガンガンに入れている。蓮は濃い味付けが大好きなのだ。このラーメンの味は薄い。


「……聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。つーか、俺が聞いたところでどうしようもねーだろ」


 そんな商店街の悲しい事情など、蓮が聞いたところで、何かできるわけもない。たとえ「最強」だろうが、所詮一介の男子高校生である。


「そうなんだけどさー。なんか、誰かに話したくてたまんなくってさあ。ひどくない? 急にさあ」

「まあ、横柄な奴だとは思うけどさ」


 先日「お弁当のたちばな」にやって来た時の様子を思い出しながら、蓮はチャーシューをかじる。どちらかと言うと、もうちょっと分厚い方が好みだ。


「こんな事を蓮くんに話すのは、お門違いだってのはわかってるんだけどね?」

「ホントだよ」


 ずるずると麺をすする蓮を尻目に、西田は遠くを見つめながら話している。


「それが3日前だろ? どうしよっかなーって。正直悩んでんだよね」

「悩むっつーか、さっさとほかの仕入れ先探しゃいいだろ」

「それがそうもいかないんだよねえ」


 商店街の組合料金というのは、非常に安かった。他との競合他社が考えられないような激安価格だったのである。そのため、他の卸売業者との価格を見比べたら、目玉が飛び出るくらいに高かったのだ。


「いやー、困った、困った」

(ホントに困ってんのかこのオッサン?)


 スープを飲みながら、蓮は西田をじろりと見つめる。なんというか、危機感と言うものが感じられない。商店街の危機じゃないのかよ。


「というか、何? 商店街の飯屋、全部潰れんの?」

「いや? 組合に入ってないところもあるからねえ。例えば……羽生さんのトコかな」

「羽生さん?」

「知らない? ほら、商店街の端っこにある定食屋さん。『空中庭園』っていう」

「……知らねえ」


 蓮も生まれて17年。ずっとこの街で暮らしてはいるが、知らないことの方が多いのだ。なんだったら、「お弁当のたちばな」の存在すら、知ったのは年内である。


「あそこは独自に仕入れてるんだってさ。だから、飲食店組合には入ってないわけよ」


 なので、組合ともども潰れることもないらしい。とはいえ、そんなのは独自の食材仕入れのルートを持っていないと不可能な話だ。商店街の飲食店組合は、そんな独自のルートなど持っていない者たちの集まり、という意味でもある。


「気楽なもんでいいよ。こっちなんて、来月から飯が食えるかどうかも危ういってのに」


 そういう西田はどこか他人事のように、天井を仰いでいた。

 蓮はジトっとした視線を送りながらも、『西筒』を出る。

 正直、次来るかどうかは怪しい味だった。


*******


「あ、アニキ、ここで飯食ってきましょうよ!」

「あ?」


 翌日、商店街を通りがかった蓮と彼の通う綴編高校の生徒たちは、一軒の店の前で止まった。その店には、『空中庭園』という看板と暖簾がかかっている。


(昨日、ラーメン屋のおっさんが言ってた、あの店か)

「俺、結構ここで飯食うんっすよ!」

「美味いのか?」

「普通っす!」


 同じく綴編に通う、スキンヘッドの後輩が、にこやかに答えた。まあ、別に悪い事じゃないんだけど。いまいち、今日の食事を決める文句としては、パンチに欠ける。


「普通って、お前……」

「でも、量が多いんすよ、ここの店。俺の兄貴(本物)、社会人ラグビーやってますけど、練習の後は結構来るそうっす。チームのみんなで」

「へえ」

「量のわりに安くって、コスパがすごくいいって界隈で評判なんすよ」


 ラグビー選手と言うと、ザ・体育会系、よく走り回り、よく食べる。そんなイメージだ。そんな人たちが御用達というと、さぞかし食えるのだろう。


「……ま、試しに行くのも悪くねえ。ちょうど腹減ってるし」

「よっしゃ! じゃあ行きましょう」


 そうして、蓮を含んだ綴編高校の不良5人は、『空中庭園』への入店を決めた。

 その暖簾が、地獄への一丁目とも知らずに。

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