12-Ⅲ ~てくてくロード飲食店組合の危機~
「徒歩てくてくロード」には、組合というものがある。どういうものかと言えば、同じ商店街で一緒に営業していく者同士、仲良くしましょうという、そういう集まりだ。
そして商店街の組合の中でも、似たようなタイプの業態のお店は、独自の徒党を組んでいた。「西筒」が所属しているのは、「てくてくロード飲食店組合」である。
組合に参加しているのは5組。中華料理の「
美味フーズと商店街のつながりは古くからあり、それこそ先代社長の美味勝太郎が、この商店街と親しくしていたからだ。組合は「組合価格」として、通常の美味フーズの卸売価格よりも少し安く取引ができるのだ。
なので、二代目社長の真保がやって来た時、組合の一同は何事かと驚いた。なにせ、商店街にめったに止まることがないであろう、リムジンカーが止まったのだから。
「あ、あの……」
「美味フーズの美味です。飲食店組合長にお会いしたい」
車から降りた美味は、足取り早く商店街の中へと入っていった。そのスピードは、まばらな人込みをかき分け、するすると先に進んでしまう。
あっという間に、美味は組合長の「更科」の店の前へとやって来て、店の戸を開けた。
「こんにちわ」
「い、いらっしゃい」
「飲食店組合の各種店長を集めてください。早急にです」
美味は鋭い目つきで、60歳の店主をじっと見つめる。店主は呆気に取られたが、慌てて電話で連絡を入れた。
それから各4店の組合員がやって来たのは、おおよそ15分ほど経ってである。
美味は5人の店長の前に、1枚1枚丁寧に名刺を差し出した。
「突然の訪問失礼いたします。わたくし、こういう者です」
「社長さん、ですか? 勝太郎さんは」
「勝太郎は私の父です。少し体調を崩しまして、先日会長職へと退きました」
「具合は、いいんですか」
「問題ありません。本題に入っても?」
美味の発言はすべてがはきはきとして、ピシッとしていた。少し弛緩していた周囲の空気も、ピリッと引き締まる。
「では、本題に入ります。わが美味フーズは、今まで徒歩商店街の皆様と、懇意なお付き合いをして参りました」
「はあ。そうですな」
「単刀直入に言いましょう。その繋がりを、私は断ちに来たのです」
美味の発言に、店長たちは一瞬、全員がぽかんとして、理解が追い付かなかった。なんだったら、一番先に反応したのは、「更科」の奥さんである。
「何だって!?」
「ど、どういうことですか」
「弊社は、長きにわたり徒歩市を中心として、様々な飲食店事業をお手伝いさせていただいております。そして、その飲食事業も多岐にわたる。お恥ずかしい話、社内でも組織が分かれているのですよ。ここのような大衆店を中心とした第一営業部、小売店を中心とした第二営業部、そして、高級店を中心とした第三営業部です。……私が社長となりました時、社員に公約したのは、この煩雑化した組織の統合です」
つまりは、3つに分かれている営業部を、1つにまとめようというのだ。
「ちょっと待ってください。それと我々との取引を辞めるのと、どう関係があるんですか」
「営業部の勢力の強さをはっきり申し上げましょう。数字の大きい方から、勢力は強い。つまり、第一営業部は、「お荷物」になっている。会社としては、このまま大衆店を第一営業部とするよりも、長所――――――高級店を顧客にした方が、営業利益を出せると判断しております」
昨今はチェーン店などの店舗拡大の影響や、近所にスーパーができたこともあり、商店街の客足は年々減っている。客が少なくなれば、儲けも少ない。それは、まぎれもない事実だ。だが、組合だって、それを黙って受け入れることなどできはしなかった。
「冗談じゃない、ウチは美味フーズさんから、いつも小麦を仕入れているんだぞ!」
「そうだ、ウチだって!」
「うちもだよ」
店主たちが一斉に騒ぎ始めた。それもそうだろう。彼らにだって、生活がある。
だが、美味は閉目すると、思い切り手を叩いた。
ただ、手をたたいただけである。だが、その衝撃は、明らかに、周囲に響き渡った。先ほどまで騒いでいた店長たちが、一斉に押し黙ってしまう。
「お静かに。皆さんの言い分ももっともです。なので、猶予を設けます」
「猶予?」
「1カ月です。1カ月で、わが美味フーズは「てくてくロード」から完全撤退する」
「そんな……!」
「次の仕入れ先を、その間に探してください。健闘をお祈りいたします」
「ちょっと待ってくれよ!」
「では。これから、商談がありますので」
美味はそう告げ、足早に去ろうとする。その背中に、西田は叫んだ。
「先代は、勝太郎さんだったら、絶対に俺たちを見捨てたりなんかしねえぞ!」
美味は何も答えず、「更科」から出て行く。誰も、その後を追うことも、できやしなかった。
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