12-Ⅱ ~美味フーズと商店街~

 美味フーズは、徒歩市を拠点とした、いわゆる大手と言ってよい食品卸売企業である。

 創業は実に50年前。たった1人の社長によって築き上げられた、たたき上げの会社だ。特に飲食店に対する食材の販売が主な商品であり、この売り上げで毎年200億もの利益を出している。らしい。


「ーーーーーーま、そんなとこですね。それで、その先代の社長が、体調不良を理由に会長職へ退任。代表取締役になったのが、息子の美味真保よしみまさやす氏、と言うわけですねえ」


 安里修一が、コーヒーを飲みながら言う。腐っても彼は社会人、それに探偵事務所の所長だ。企業の情報など、把握していないと、それこそお話にならない。


「だからって、あの態度はひでーと思うけどな」

「まあ、良かったじゃないですか? お弁当、蓮さんは2個食べたんでしょ?」

「さすがにきついっての。俺が買ったの、ジャンボフライミックスだぞ」


 蓮は昨日の美味の横柄な態度を、探偵事務所で愚痴っていた。ソファに腰掛けながら、だらだらと管をまいている。

 もらってしまったからあげ弁当を食べないわけにもいかず、結局家に帰って食べた。一緒に買ったのが、店の揚げ物全部盛りセットみたいなものだったので、相当に脂っこい昼食だ。


「あんなのが社長で大丈夫なのかね、その大企業は」

「どうでしょうねえ。ただ、二代目を調べる限り、あまり悪い噂を聞いたりはしないですよ。変な遊びにはまっているわけでもないし、豪遊するような性格でもない。そして、エリート大学を卒業、と。どの写真も、眉間にしわ寄ってるのが気になりますけど」

「眉間にしわ?」


 そういえば、昨日会った時も、なんだかむっとしていたような。少なくとも、人当たりのよさそうな顔をしていた覚えはない。


「ま、美味フーズの今後についてはじっくり見ていくしかないんじゃないですかね? というか、僕らには基本的に縁がないでしょう」


 安里探偵事務所は言わずもがな探偵業。そして、蓮の家も、関わっている仕事と言えば出版業――――――と言っていいのかちょっと悩ましいが、食にかかわる仕事ではない。

 関係があるとすれば、せいぜい愛の弁当屋くらいのものだが……。


「うちは、美味フーズさんとはそんなに取引していないんだよ、実は」

「「そうなの?」」


 蓮と、レジ担当だったエイミーは、美味たちがいなくなった後のお弁当屋で、店主から話を聞いていた。


「なんで?」

「食材は、農家さんと直接やり取りしているから。私の地元に、農家やっている知り合いもいっぱいいるからね」

「あー、なるほど」


 愛が随分前に、田舎の村に行った、と言っていたが。そもそもそこは、愛の父である店主の地元というわけだ。そりゃ繋がりもある。


「しかし……二代目は厳しそうな人だったね。そうなると、ちょっと心配だなあ」

「何が? このお店は大丈夫なんでしょ?」

「うちはいいんだけど……商店街がねえ」


 徒歩市には、そこそこの大きさの商店街がある。その名も、「徒歩てくてくロード」。近所にスーパーができてこそいるが、地元に長く根付いている子の商店街は、利用する客も多いと聞く。中にはいろんなお店があり、当然、飲食店もあった。


「商店街のお店は、美味フーズさんと懇意にしているって、聞いたことあるな。前の社長と仲が良かったっていうし」

「なら別に大丈夫じゃねえの? 二代目って言っても、息子だろ?」

「そうなんだけど……私の杞憂ならいいんだけどねえ」


 店主は心配そうに、顎をさするばかりだった。


*******


 そんな店主の危惧の結果を蓮が知るのは、商店街に寄った時のことである。

 学校の帰り際に立ち寄った商店街で、明らかに雰囲気がおかしかったのだ。


「……なんだ?」


 商店街全体から、どんよりとした空気が漂ってくる。明らかにただ事ではない。だが、具体的に何か、事件が起こっているわけでもない。ただただ単純に、空気が澱んでいた。

 なんだか、嫌な予感がする。さっさと抜けて帰ろう、そう思って、蓮は足を早めた――――――のだが。


「……あれ、君! あの野球の時の!」


 呼び止められて、蓮は閉目する。見やれば、草野球の試合をした時に、見たことあるような、ないような。そんなオジサンが、すでに駆け寄ってきていた。


「……どうも……誰だっけ?」

「ウォークマンズの西田だよ!」

「記憶にないんすけど……」

「こっちはバッチリ覚えているよ! 学校の帰りかい?」


 記憶にない顔見知りの西田は、豪快に笑いながら蓮の肩を触ってくる。正直ちょっとなれなれしいのでやめてほしい。


「よかったら、うちの店でなんか食っていきなよ」

「え、いや、でも……」

「なに、若いんだから! 平気平気、入るって!」


 押し切られる形で、蓮は西田の店に連れ込まれてしまった。

 商店街唯一の中華料理屋、『西筒』。読み方は「シャーピン」らしい。「麻雀が好きでねえ」と笑いながら西田は言うが、そもそも蓮は麻雀の事など知らない。

 店内はがらんとしており、客は一人もいなかった。だから外で蓮のことを見つける余裕なんぞあったのだろうが。


「今は休憩中。というか、今はどこの店もそうかもね」

「え? なんで」

「……こんなことを、高校生の君に話すのも、なんなんだけど……」

(……あ、ヤベ)


 蓮は後悔した。このフリ、逆に話を聞かせて巻き込もうとしている。商店街の連中は、どうにも姑息な手段を使うことが多い。


「……俺、やっぱり帰る!」

「まあまあ、まあまあ。聞いてってよ、聞いてってよ?」


 出口をふさぐ西田を、ぶん殴ってやろうかとも思ったが。厨房にいる西田の奥さんの視線が蓮に突き刺さり、出そうとしたこぶしは引っ込んだ。


「……この間、美味フーズの社長さんが来てね?」


 ああ、話し始めてしまった。もう、聞かないわけにいかない。

蓮は手で顔を覆うと、やけくそ気味に「味噌ラーメン大盛!」と、奥さんに半ば怒鳴りつけた。

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