第12話 【町内会飲食店編】おめしあそばせ、最強さん。

12-プロローグ ~『ギガント・シャーク VS マンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』~

 徒歩とある市議の娘、平等院びょうどういん十華とおかは、平たく言ってお金持ちである。具体的に言えば、紅羽家父の厚一郎の年収は、彼女がお年玉でもらえる金額と同額である。

 そう言うとなんだか、彼女にお年玉をくれる知り合いのおじさんたちがお金持ちに思えなくもないが、そんな人たちと付き合いのある平等院市議も、十分にお金持ちである。

 そんなお金持ちの十華は、なかなか高額な買い物をしないタイプの少女であった。物欲がないというか、高いものは買うのだが、ちゃんと金額に見合った質のものを買う。父が知っている娘の贅沢と言えば、バスケットボール用のシューズを、5万くらいのものを買っていたくらいか。


 そんな十華が、とんでもない無駄遣いをしていることを、市議は最近になって知り、驚愕した。

 護衛兼お目付け役として彼女の側に控えている、後藤曰く。


「最近、お嬢様が変わったものを買われました」

「変わったもの?」

「――――――プロジェクターと、スクリーンです」


 今日び、お嬢様なら自分用のPCも、テレビだってある。だというのに、わざわざプロジェクターを買い、スクリーンまで?


「十華の部屋の壁は、何色だったか……」

「クリーム色ですね。映らないことはないですが、あまりきれいには映らないでしょう」

「そうまでして、何かを見たいのか……。映画の趣味でもできたのか?」

「映画……そう……ですね……」


 答える後藤は、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。どうやら、映画というものが何か、引っかかるところがあるらしい。


「まあ、大画面で芸術に触れるのも、別に構わんだろう」

「芸術……を、芸術と言ってよいのでしょうか……」


 そういう後藤も、どうやらその映画を見たらしい。


「そんな変な映画を見ているのか? 十華は。なんてタイトルだ?」


 市議の問いかけに、後藤は絞り出すように答えた。


「……『ギガント・シャーク VS マンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳とうろうけん~』です」

「なんて?」


 あまりに聞きなじみのないタイトルに、市議は思わず聞き返してしまった。


******


『ギガント・シャーク VS マンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』は、3年前に配給が開始されたパニック映画である。デカいサメが世界中に現れ、人々を食いまくるので、それを止めるべく人類の科学の叡智を結集して作られた女戦士「マンティス・ウーマン」が戦うという話だ。

 まあそれは本編ラストの15分だけで、基本的には登場人物が棒立ちで口喧嘩しているだけの映画である。


「いやー、とても3年前の映画とは思えないわね」


 おおよそ90分ほどの茶番が終わり、エンドクレジットを見やり続ける。

 十華の隣で同じように映画を見ている女子が、フフッと笑った。


「十華ちゃん、気づいた?」

「……ええ」


 思えば、遠いところに来たものだ。彼女の映画鑑賞会に長いこと付き合っていたせいか、こういう映画の「楽しみ方」というものを、自分も理解し始めている。


「「ほぼ、監督の家族」」


 互いに言い合って、笑った。こういう低予算映画の特徴として、キャスト代をケチることがある。そうなるとどうなるか。エンドロールに同じ苗字が大量に羅列されるのだ。


「あ、また出た! 今度はCG編集!」

「また監督の家族が出たわね」


 実際のところは別人かもしれないが、とんだ魔女裁判だ。実際、エンドロールの方が、着眼するポイントが多い分楽しかったりする。少なくとも十華は、エンドロールの方が面白いと思えるくらいには、脳がやられていた。


 だが、まだマシだと思える。隣にいる友人は、すでに手遅れだ。


「いやあ、でも蟷螂拳の動きの雑さが、個人的には面白かったなあ」

「そ、そう……」


 にこやかに笑いながらジュースを飲むのは、十華の友人である立花愛であった。あらゆるクソ映画を愛する彼女の映画鑑賞会に付き合ううちに、癖になりつつある自分がちょっと怖く感じる。


「ほんと、3年前の映画だって言わなかったら、10年前くらいってなるんじゃない?」

「10年前だってもっとマシよ」


 なんてことを言い合いながら、十華は部屋の電気を点けた。映画鑑賞のためにプロジェクターとスクリーンを買ったが、今のところクソ映画鑑賞にしか使っていない。もっとましな使い道もあると思って買ったが、このままではあまりに不憫だ。


「……もう、こんな時間ね。ご飯、食べてく?」

「いいの?」

「いいわよ。いっつもちょっと多めだから。むしろお弁当屋さん目線の味の評価とか、シェフにしてみたら?」

「無茶言わないでよ。そんな恐れ多いことできないって」


 十華と愛が自室をでて、1階のダイニングに向かうべく、階段を下りる。

 そこで、一人の男と出くわした。


「……どうも。お邪魔しました」

「あ、どうも……」


 男はじろりと十華と、愛を見やる。見覚えのない、40代くらいの男だった。スーツを着ており、細身ではあるが、立ち姿から見て、体幹はしっかりしている、と十華は感じた。

 男はそのまま一瞥もせず、玄関から出て行ってしまう。

 父の客だろうか。十華はそうとだけ思い、そのままダイニングへと向かった。


「お父さん」

「おや。愛ちゃん、来てたのかね」

「あ、どうも。お邪魔してます」


 さっきの映画鑑賞時のテンションはどこへやら、愛はおとなしくなって頭を下げる。市議は娘の友人を、喜んで夕食の席に迎え入れた。


「晩御飯、ごちそうになっちゃって、ごめんなさい」

「構わんよ。十華も、あんまり友人を連れてくることがないからね」


 食卓に囲まれた料理を口に運びながら、市議は笑う。


「ところでお父さん、誰か来ていたの?」

「ああ、美味よしみフーズの二代目社長さんだよ」

「よしみ?」


 美味フーズ、という単語は、愛も聞き覚えがあった。確か、この徒歩市で一番大きな、食品卸売業者だったはずだ。

 愛の家もお弁当屋という、飲食店の端くれ。付き合いがあるとかないとか、両親が言っていた気がする。


「彼も食事はどうかと聞いたんだが……。彼は、黙食主義らしくてね。こうやって食べながら話すのは、好きではないらしいんだ。丁重に断られてしまったよ」

「そう、なんだ……」


 とはいえ、市議の誘いを断るというのは、相当肝が強いというか、なんというか。


「私はこうやって人と話すのが好きなんだがねえ。……時に、愛ちゃん」

「何ですか?」

「君が十華と見ていたという、『ギガント・シャーク VS マンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』という映画についてなんだけど……面白いのかい?」

「聞きたいですか!?」


 映画のタイトルを聞いた途端、愛のテンションが、急激に上がった。


「お父さん、ダメェっ!」


 十華は思わず、食事の席で叫んでしまった。

 自分はともかく父までも、クソ映画の沼に沈めるわけにはいかなかった。

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