11-エピローグ ~SCAR RED『スカーレッド』~

 赤い車両の電車が走っていくのを、駅の外から蓮と愛は見た。


「あれに、香苗ちゃんたちが乗ってるの?」

「ああ」

「そっかあ。……売れるといいね」

「そのためには、あのASHバカどもと張り合わないといけねえけどな」

「きっと、大丈夫だよ」

「何を根拠に言ってんだ」

「女の勘!」


 あまりにも堂々と言い切る愛に、蓮は言葉を失ってしまった。

 そして、ふと気づく。


「……あれ、そういやさ」

「ん?」

「お前、俺の呼び方がどうたら言ってなかったか?」

「え? ……ああ、あれ?」


 日本一周から帰ってきた後、事務所で酔った愛が蓮に迫ったことがあった。あの時は、安里の妨害でその場で酔いも冷めていたが。


 確か、その時に「ちゃん」付けで呼ぶのがどうとか、そんなことを口走っていたはずだ。だが、今の呼び方は、いつも通り「さん」付けである。


「あれは……いいの。後々考えたんだけど、私らしくないから」

「お前らしいってなんだよ?」

「私は、いいよ。『蓮さん』で」

「……ま、お前がいいならいいけどさ、別に……」


 鼻の下をこすりながら、蓮はずかずかと歩くスピードを早める。


「あ、待ってよ、蓮さん!」


 今のが照れ隠しのしぐさだと、そんなことは愛にもわかる。

 慌てて、逃げる蓮を追いかけた。


*******


 きらきらひかる


 おそらのほしよ。


 まばたきしては


 みんなをみてる


 きらきらひかる


 おそらのほしよ。


「……お」

「元気ですねえ、子どもは」


 いぬかい幼稚園の前を通りかかった蓮と安里の耳に、ピアノのメロディーと子供たちの歌声が聞こえてくる。ちょっと用事があって、蓮の家まで行っていたのだ。

 幼稚園のグラウンドでは、園児と、アイドル候補であろう若い女の子が、一緒になって遊んでいる。


「いやあ、蓮さんにもあんな時代があったんですねえ」

「そっくりその言葉、返してやるよ」


 互いに軽口を言い合いながら、幼稚園の前を通り過ぎる。


「そういえば蓮さん、香苗さんのセカンドシングル聞きました?」

「セカンドシングル? アイツそんなの出してたのか?」

「知らないんですか? 結構評判いいんですよ」


 香苗は、アイドル活動の傍ら、自ら作詞作曲もするようになったらしい。DCSは48人もいる大所帯。それぞれの個性を伸ばしていくことも重要になる。外部だけでない、グループの中でもライバルは多い。


 そんな中彼女が出した、ファーストシングルは少し微妙だったものの、セカンドシングルは大ヒットを飛ばしていた。


「ほら、こんな感じの」


 安里が鼻歌で、香苗の曲をそらで奏でる。その曲に、蓮は眉をひそめた。


「……聞いたことあるわ。前、スーパーで流れてた」

「でしょ?」

「聞いたことあるけど……ヘッタクソだなあ、お前」

「ええ? ひどくないです?」


 有名な曲だったからわかったけど。どうやら安里修一という男は、音感も微妙らしい。


「お前金持ちの御曹司なのに、楽器とかやらなかったのかよ?」

「あのね、何もお金持ちがみんなピアノやヴァイオリンやってるわけじゃないんですよ?」

「じゃあ、なんかできる楽器とかねえの」

「……強いて言うなら、ブブゼラですかね」


 ブブゼラって。確か、何年か前のワールドカップで流行った、アフリカのラッパだよな。あれに、上手い下手ってあるのか?


「それで蓮さん。この曲、どう思います?」

「あん?」


 意識をアフリカに飛ばしていた蓮は、安里の言葉に日本に戻ってきた。


「香苗さんの曲ですよ。どんな感じです?」

「どうって……別に、ふつうにいいんじゃねえの」

「はー。あなたは本当に、心というものを理解できないんですねえ」


 人間の心も「侵食」するような奴に言われたくはない。


「……この曲が人気なのはですね、メロディーと歌詞のギャップなんです」

「はあ」


 夢咲香苗のセカンドシングル。タイトルは「スカーレッド」。切ないメロディーの曲なのだが、歌詞にはどことなく勇気を持たせてくれるような。そんな楽曲だ。当然、香苗自身による、作詞作曲書き下ろしである。


「この間、ハーフミリオンを達成したそうです。まだ、発表されて2週間くらいですけどね」

「へえ。アイツもずいぶん遠くに行っちまったもんだ」

「寂しいですか? 幼馴染が遠くに行っちゃって」

「……いや、元気でやってりゃそれでいい」

「そうですか」


 蓮にとって、夢咲香苗は大切な人である。しかし、それはどうあがいても、「幼馴染」の領域を逸脱するようなものではないらしい。

 この関係と彼女との交流を踏まえると、安里は一つの結論に行き着いていた。

 なんでも真実を追求したくなるのは、探偵の職業病なのかもしれない。


「―――――僕はね、個人的に、失恋ソングだと思うんですよ。これ」

「失恋? アイツが?」

「ええ。ま、そういう気分もあるんでしょうね」

「……ふーん……」


 あまり興味のないような蓮の態度に、安里は苦笑いする。


 ――――――いや、貴方の事でしょ。この曲。


 そもそもタイトルからして間違いない。最初は「スカーレット」の誤植だと思った。だが、違う。まぎれもなく、「スカーレッド」なのだ。


 つまり、スペルはSCAR・RED。

 こんなもんどう考えたって、紅羽蓮の事であろうことは間違いなかった。


 口に出して言っても良いが、敢えて黙っておく。

 こういうことは、自分で気づかないといけないものだ。

 というか、まず。


「蓮さん、英語、もっとちゃんと勉強した方がいいですよ」

「うっせーな、ちゃんとやってるっつーの!」


 こうなると、読解力の問題かもしれない。


(果たして蓮さんに、乙女心を読み取る能力なんて、あるんでしょうかね?)


 内心、蓮を馬鹿にする安里ではあったが。

 反面、乙女心がわかる紅羽蓮というのも、それはそれで気持ち悪くて嫌なのであった。 

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