11-ⅩⅩⅩⅥ ~お助けマンは、最強さん。~
「……でも、あの時蓮くんが、香苗の側にいてくれてよかった」
彼に倒され、香苗の輝きを目の当たりにした今だからこそ、はっきりと言える。
「香苗ちゃんの輝きを、消さないで、本当に、良かった……」
「……紅羽くんには、感謝せなあかんですな」
犬飼の長い長い供述を聞き終えた水原は、大きく息を吐いた。
「……アンタは、間違いなく狂っとりましたわ。でも、今の話聞いて、確信しました。アンタは、きちんと罰を受けるべきだ」
「はい。……人を殺したのは、許されることではないですから」
「それもありますけど、犬飼さん自身の問題です。精神障害扱いで無罪になったところで、どうせアンタは自分で自分を許せやしないでしょう」
水原は、犬飼を見やって、にやりと笑った。
「しっかり罪を償って、それから詫びに行きましょう。その頃にはあの目つきの悪いガキも、大人になっとるでしょうがね」
その言葉に、犬飼の目に涙が浮かんだ。そして、嗚咽を洩らして、うつむいてしまう。
水原が執務室を出ると、部下の兼守が立っていた。
「……今回の件、なんとしても起訴に持ってくぞ」
「本気ですか? 相手は怪人ですよ?」
「怪人だろうが、人やろ。人が罪犯したってんなら、きちんと裁いてやるもんよ」
世の中、裁かれることで救われる者もいる。犬飼はまぎれもなく、人として裁いてやるべき存在だ。
「オリジンという怪人の研究のために、施設に送られるってことも……」
「細胞くらいくれてやれ。独房だろうがなんでもいい。ちゃんと、反省させなアカンわ、あれは」
「そんなに、開き直っているんですか?」
「ちゃうわ。反省ってのはな、何も後ろ向きな意味だけやないんやで?」
自分の罪と向き合い、己が前を向けるようになること。
それこそが、真の意味での「反省」なのだ。
*******
「……蓮くんには、本当に感謝しているわ。ありがとう、主人を止めてくれて。香苗ちゃんと、香苗ちゃんの夢を、守ってくれて」
「よせよ。
蓮はおえっと舌を出しながら、ソファから立ち上がる。そろそろ、事務所に戻らなくては。
「大体、香苗だっていつまでアイドルやるかわかんねえぞ? まーた、引きこもるかもしれねえしな」
「そうしたら、蓮くんがまた引っ張り出すんでしょ?」
「勘弁してくれよ。また遊びまわるのに付き合うのなんざ、ごめんだね」
嘘ね。きっと、貴方は助けるわ。副園長は、そんな確信があった。
(……だって、貴方の「将来の夢」は……)
副園長の脳裏に、スモックを着ている赤い髪の少年の姿が浮かぶ。一枚の、ヘッタクソな絵を、自慢げに持っていた。
「お助けマン!」
「なあに、それ?」
「お助けマンはお助けマンだよ。みんなをお助けするんだ」
「お助け?」
「副園長の肩を叩いたりする!」
「あら、ホント? 助かるわあ」
なんだかんだと、人の事がほっとけない男の子なのだ。成長しても、根っこのところは変わっていない。
きっと、今そんなこと言ったら、「恥ずかしいからやめてくれ」って、言うだろうけど。
(……貴方は、最高の「お助けマン」よ、蓮くん)
副園長の暖かい視線が、なんだかむず痒かったのか。
蓮は頭を掻きながら、犬飼家を後にした。
*******
その後、園長がいなくなってしまったいぬかい幼稚園が、どうなってしまったかと言えば、犬飼夫妻の手を離れ、売却されることとなった。
とはいえ、運営そのものが止まるわけではない。新しい法人の管轄の元、幼稚園自体はつつがなく運営される。なんだったら名前も「いぬかい幼稚園」のままだ。
そして、どこが買い取ったかと言えば、「スタンドアップ・プロダクション」である。
「いきなり経営路線を変えすぎなんだよ!」
蓮は探偵事務所で、思わず突っ込んでいた。
「そうは言われましてもねえ。犬飼夫人も、「あそこなら任せられる」って、二つ返事でオッケーだったみたいですよ?」
蓮は安里から、いぬかい幼稚園の顛末について聞いている真っ最中である。
「なんでアイドル事務所が幼稚園なんか経営し始めるんだよ……」
「情操教育の一環。あと、アイドル候補生たちが、アイドル以外の道を目指すための、一つの道標になればいい、とのことですって」
スタンドアップ・プロはあのライブの後、急激に勢力を伸ばしつつあった。路場が苦心しながら面接したおおよそ300人とも、正式に契約を結ぶことができたのである。
事務所の人員も大幅に拡大し、資金も入った。新しい事業を手探りでやっていくベンチャーとしては、今回の幼稚園経営もチャレンジの一環らしい。
「上手く行く未来が見えねーんだけど」
「元副園長がアドバイザーになるんですって。なら、まだ希望がありませんか?」
「……じゃあ結局、大して今までと変わんねえってことか?」
「強いて言うなら、幼稚園管理の負担が犬飼さんからスタンドアッププロに移った感じですかね」
となるとまあ、副園長としてはだいぶ生活が楽になるのかもしれない。きっとライフワークだろうから、生涯現役は続けるつもりだろうが。
「案外、本気で出所するまで待つ気かもですよ? 奥さまは」
「……かもな」
高島と犬飼は、情状酌量はあったものの、実刑は免れなかった。特に犬飼は、粛々と罪を認めたのもある。「その姿勢や良し」と、裁判官たちには好印象だったらしいが。
二人は懲役が課されるだろうが、高島は実行犯ではないため、さほど長くない。犬飼園長もあの態度だ。刑が軽くなる可能性も十分にある、というのは、水原刑事の話である。
「少なくとも、君にお礼を言うまでは死ねないそうやで、あの人」
そういう水原は、蓮の肩をぽん、と叩いて、上機嫌そうに去っていった。蓮にはどんな取り調べがあったのか、さっぱりわからなかったが。
「……そういえば、カーネルが犬飼さんに接触したそうです。「オリジン」について、何か情報がないかと聞きに行ったそうですが」
「オリジン?」
「ほら、エイミーさんがドラゴンになってしまった原因の。ふりかけご飯の人ですよ」
「あー……」
ずいぶん昔のことに思えるが、そういえばそんな事があった。というか、冷静に考えたら、ふりかけご飯で怪人になるとか、とんだホラーである。
「断片的な情報ですけど、9種類の怪人がいるみたいですねえ。で、そのうちの一つが、あの「ティンダトロス」である、と」
「……またどっかの誰かが、ふりかけ食って怪人になるってのか?」
「そこまではわからないですが。ま、考えたところでしょうがないですよ」
大体、昭和の時代から現代まで生きていて、どこにいるのかすらもわからない。徒歩市にいる可能性は高いが、とっくにいなくなっているかもしれない。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
「ま、オリジンの事は頭の片隅にでも入れときますよ。僕が」
「……なんで最後、自分を強調した?」
「どーせ蓮さんの事だもの、次のエピソードの時には忘れてますよ」
そう言ってけらけらと笑う安里に、蓮は顔をしかめた。
そんな蓮を見やり、安里の表情はふと、ニュートラルになる。
「時に蓮さん」
「あん?」
「お別れ、いいんですか? 言わなくて」
「……あ?」
「だって香苗さんたち、来週には東京でしょ」
安里探偵事務所の隣にあるビル、そこにスタンドアップ・プロの事務所はある。
だが、あそこは仮の事務所だ。香苗たちDCSも含めた数人で打合せするための、仮拠点にすぎない。あの時は急だったので、手狭な場所しか用意できなかった。
だが、今は違う。ライブは成功し、動画チャンネルも上々。幼稚園経営などという、事業拡大にまで手を出す余裕が出てきた。
そうなれば、事務所が大きくなるのは必然。というか、大きくしないとやってられない。300人以上を抱える芸能事務所が、1LDKの広さでは、到底芸能界の荒波を越えることはできないのだ。広い事務所の確保は急務であった。
そして、東京に新たな拠点を構えることが決まった。
それは、香苗たちが東京に引っ越すことも示唆していた。
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