11-ⅩⅩⅩⅠ ~遺された怪人兵~

 再び目を覚ました時、犬飼は全身を固定されて、ベッドに寝かされていた。首なども固定されており、動かすことができない。


(なんだか、ひどく匂うな)


 薬品の匂いだろうか。目覚めたのも、この鼻につく匂いが原因かもしれない。


「おお、気が付いたかね」

「……博士……俺は……?」

「実験は成功だよ。今のところはね」


 博士は歯をむき出して笑った。


「今の、ところは?」

「そうか、君には見えないか。ほれ」


 博士は手鏡で、犬飼の顔を映す。


 獣をかたどった異形の顔が、鏡には映っていた。


「――――――ウワアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「驚くことはない。自分の顔じゃて」

「お、俺の……っ!?」


 よく見れば自分を拘束しているのは、革ではなく鎖だ。そうしなければ、拘束が外れてしまうのだろう。事実、それほどの力があった。


「どうやらお前さんは、「ティンダトロス」の適性があったらしいな」

「て、てぃんだ……?」

「その姿の名よ。どうなるかは、ワシにもわからんと言ったろう」


 ティンダトロスとなった犬飼に、博士は語り始めた。


 この実験では、ある怪人の素を体内に注入し、強力な「怪人兵」を造るのが目的であったこと。


 そして、その怪人の素から発現する可能性は、9種類あったこと。ゆえに、どの怪人になるのかがわからなかった。


「そもそも、怪人の素を身体が受け付けない奴ばかりでな。今までの奴らはほとんどが、身体が拒絶反応を示して死んでしまった。怪人化できた奴も、精神に異常をきたした者が多くてな、実践では使いものにならなかった」


 お前も経過次第だが、ここまで初期状態で安定しているのは珍しいとのことで、「お前には期待している」と言い、拘束されたまま犬飼は経過観察となった。


 ――――――そして、その内に、戦争が終わった。


 犬飼が実験に参加したのは、1945年8月1日。徒歩市にあった研究施設では情報伝達が遅く、報告書を作成し、大本営に提出したのは8月の10日だったのだが。


 8月6日・8月9日に、広島・長崎に原子爆弾が投下されたことを、彼らは知らなかった。とうとう日本は戦争を継続する力がなくなってしまったのだ。日本軍は連合国が提示したポツダム宣言を受諾し、全面降伏した。

 犬飼が知る由もなく、日本はGHQにより介入され、解体されていくこととなった。


 当然、徒歩市にある研究施設にも彼らは向かったのだが、研究施設の発見は著しく遅れた。

 山奥の、しかも地下施設。正確な地図もなく、調査にあたった米軍も舌を巻くほどに、施設は巧妙に隠れていた。

 それが功を奏した。敗戦の報せと同時、犬飼は施設から逃げ出した。米軍に捕まるなど、まっぴらごめんだった。


 山中を必死に逃げて、逃げて……。逃げた先、たどり着いた市街地で、犬飼が見たのは、焼け野原となった街の、無残な姿だ。徒歩市は、空襲による被害を受けていた。


「……本当に、日本は敗けたのか……」


 思わず、呟いていた。天皇陛下の国営放送は、施設内でも聞いていた。尊王主義だった科学者など、敗戦の報せで自決してしまったほどだ。日本が負けたという事実は、犬飼自身も知っている。


 だが、荒れ果てた土地を見て、さらに思い知らされた。これが、戦争に負けたということなのか。


「帰らなくては」


 思い起こされたのは、家族のことだ。犬飼家は母と、妹が一人。母方の祖父母とも共に過ごしていた。彼らは無事なのか。


 犬飼は、焼け野原となった街を歩き始めた。道を歩くどの人も、表情は明るいとは言えない。心なしか、軍服を着ている自分の事を、恨めし気に見やっている者もいる気がする。さすような視線が、犬飼の全身を貫いていた。


 こんなことになったのは、すべてお前たち軍人のせいだ。そう言われている気がした。


 たまらなくなった犬飼は、路地裏に隠れた。ただ何となく、人目を避けたくなった。それだけの理由である。

 路地裏で、赤ん坊が泣いていた。泣き声はか細く、弱っていることはすぐにわかった。赤ん坊の母親は、彼女を抱いている。だが、やせこけて、壁にもたれかかっていた。


 これが、犬飼征史郎と、その妻さゆりとの、初めての出会いだった。

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