11-ⅩⅩⅩ ~闇夜の襲来者と怪人兵の追想~

「おう。怪人特課の水原」

「……どうも」


 取り調べの合間、休憩がてら用を足しに来たら、ばったりと出くわした。捜査一課の刑事と怪人特課の水原は、かつて同じく捜査一課にいた元同僚、そして警察学校からの腐れ縁でもあった。


「……どうよ、そっちは」

「ありゃいかれてるぜ。そっちは言わずもがな、ってとこか?」

「ま、大体ね」


 長い事取り調べしていたせいか、お互い随分と溜まっていたらしい。話している間も、ずっと尿は止まらなかった。


「どこまで聞いた?」

「最後のターゲットの話まで」

「そうか。こっちもだ」


 お互い、どうやらまだ、彼らの核心に触れる部分は踏み込んでいないらしい。さわりでさえこれなのだ。この後、どんな狂気に晒されるか、予想ができない。


「……お互い、まともに帰れたらいいな」

「俺は心配いらんよ。慣れとるし」

「はっ。だったら俺も、頭おかしい犯人の話なんざ聞きなれてるぜ」


 軽口をたたき合ったところで、2人は同時にズボンのチャックを閉める。


 いずれにせよ、取り調べは長期戦がつきものだ。


*******


 夜、留置場で犬飼は、伏せていた目を開いた。今日の取り調べは、刑事さんの方が翌日に回してくれた。「ちゃんと話してくれるし、融通利かせて早めに切り上げます」とのことだ。

 独房の中央に敷かれた薄い布団にて眠っていたのだが、不意に目が覚めたのだ。


 何か、来る。


 怪人となり、研ぎ澄まされた彼の感覚は、それこそ猟犬に近いものである。さらに、何か電気のようなものが流れるパチパチという音が、わずかに耳に入ってくる。


「おい、どうした? トイレか?」


 消灯時刻を過ぎ、急に起き上がった老人に対し、見張りの巡回をしていた警官が尋ねる。この男は、さほど危険ではない、と引き渡した刑事からは聞いているのだが。


「……すまないが、あなたはここから離れた方がいい」

「え?」

「――――――もう、遅いか。来るな」


 犬飼の呟きと共に、暗い留置場内に閃光が迸る。


「うわああああああああっ!?」


 目が眩み、たじろぐ警官のうなじを、閃光の中から現れた手刀が打つ。警官はぐらりと揺れると、そのまま倒れこんでしまった。

 手刀を皮切りに、閃光から人影が現れる。それは、屈強な肉体を持つ、薄がかった緑の髪をした、およそ人間とは思えない男だった。


「……会いたかったぞ、兄弟」


 男は、犬飼を見やって、にやりと笑った。一方の犬飼は、男をいぶかしげな眼で睨む。


「私は、貴方のことなど知りませんが?」

「まあ、そうだろうな。私も、ついこの間までお前の事なぞ知らなんだ」


 男は、犬飼のいる牢の前に胡坐をかくと、犬飼と向かい合う。


「夜分遅くに悪いな。聴取の第2ラウンドだ」

「貴方に話すことはありません。お引き取りを」

「そう言うな。同じ怪人の素で生まれた同志じゃないか」


 そう言い、男は牢の前に、どんぶりを置く。カツ丼だ。


「これでも食え。こんなところの飯は不味かろう?」

「取り調べで食事の類を出すのは、違法捜査に当たるのでは?」

「俺は怪人だ。警察の都合など知らん」


 ずい、と差し出されたカツ丼に、犬飼は全く手を付けない。業を煮やした男は、結局「ふん」と鼻を鳴らして、自分で平らげてしまった。


「……自己紹介がまだだったな。俺の名はカーネル。お前と同じ、オリジン直系の怪人だ」

「オリジン……?」

「お前は、怪人として非常に優れているということだよ。何しろ、あの紅羽蓮を相手に、手傷を負わせることができたんだからな」


 紅羽蓮、という言葉に、犬飼の目が開いた。


「……あの子を、知っているのですか?」

「あれだけの強さだ。怪人の界隈では、レッドゾーンと呼ばれているよ。俺も一度戦ったことがあるが……まあ、あれは、次元が違うな」


 カーネルが戦ったのは、正確には「鎧となった紅羽蓮」だったのだが。使い手本人はどうとでもなったのだが、鎧だけはどうやっても全く攻撃が通らなかった。

 いったい本人と戦ったら、どれだけ強いのか。恐らく、自分でも全く歯が立たない可能性が高い。徒歩市最大の悪の組織である「カーネル36」の頭目たる自分でも、だ。


「まあ、アイツの話など今はどうでもいい。お前の話をしに来たんだよ。お前が怪人になるために使った、。一体、どうやって手に入れた?」

「……どうやってと言われましても……」


 そんな事、犬飼は知る由もない。


 彼は、実験兵として怪人になったのだから。


*******


「犬飼上等兵、貴様、お国のために死ぬ覚悟はあるな?」


 上官に問われたのは、犬飼が赤紙によって徴兵されて、半年が過ぎたころだった。まだ前線に行くための訓練が十分でない、という理由で本土に残っていたが、違う理由であったというのは、その時に知ることになる。


「勝利のためならば、私の命など惜しむことはありません」


 犬飼はそう、力強く答えた。答えなければ、腹を切らされることを分かっていたからだ。


「……貴様は、新兵たちの中でも優れた身体能力を持っている。それを見込んで、勝利のための切り札となる、新兵器の実験を貴様に任せたい」

「……本当ですか!? アメリカに、勝てるのですか!?」

「上手く行けば、だがな」


 そういう上官も、詳しいことは知らないらしい。ただ、上層部より、「新兵の中で最も活きが良い若者を用意するように」としか、知らされていなかった。


 そして、それが成功した暁には、必ず日本は勝利することができる、と。


「で、どうだ? やるか?」

「もちろんです!」


 当時、犬飼征史郎は25歳。若く、精気に溢れる青年であった。


「私が日本の勝利の礎になれるのであれば、本望であります!」


 ピシ、と敬礼をして、犬飼は答えた。

 内心、日本はもう勝てないのではないかと、徴兵される前は考えていた。だが、勝つ手段があるのであれば、多くの亡くなった先兵たちも浮かばれる。

 自分より先に徴兵され、そのまま帰らぬ人となった、犬飼の父も、きっと喜んでくれるだろう。


「天皇陛下も貴様の働きに期待している。危険はあるが、なんとしても実験を成功に導いてほしい」

「はっ!」


 こうして上官よりの命令を受け、犬飼征史郎上等兵は新兵器の実験に参加することとなったのである。

 当時は、新たな兵器の運用方法について、実験を行うのかと思っていた。まさか、自分こそが兵器になるとは、これっぽっちも思っていなかったのだ。


*******


 新兵器の実験は、徒歩市で行われるということだった。


「新兵器はどうなるか未知数でな。通常の訓練場では試運転ができんのだ」

「そうなんですか」


 実験施設は市内の、さらに郊外。そこから山林地帯に入り、施設はそのさらに地下にあった。


(ここまで遠くでやらないといけないほど、危険な新兵器なのか)


 施設に案内された犬飼は、ごくりと生唾を飲む。逆に考えれば、それほどの兵器が実用可能になれば、日本の勝利は確実に近づく。そのように考えていた。


「敵国のスパイがいないとも限らない。この実験の情報だけは、絶対に守らなければならないのだ」


 軍の実験担当の科学者は、年老いた男だった。禿げ上がった頭に抜け落ちた歯。細い身体で、だが目からは溢れんばかりの生気に満ちていた。


「……それで、新兵器というのは?」

「わからん」


 犬飼の問いかけに、科学者はあっけらかんと答えた。


「……は?」

、だがな。被検体によって、形が違うので、何とも言えん」

「被検体……? 形が違う?」


 犬飼の背が、嫌な汗でじっとりと濡れた。

 何か、恐ろしい予感がする。


「第480回実験……上手く行くといいのだがのう。そろそろ、備蓄も危うい」


 科学者がそう言うと同時、犬飼は反射的に立ち上がろうとした。身体が勝手に逃げようとした。それを、後ろについていた軍人が取り押さえる。


「放せ!」


 階級など関係なく、犬飼は叫んでいた。だが、軍人が黒い布を口元に押し当てると、意識がぼうっと遠のく。

 深い眠りに落ちる最中、科学者がにたりと笑っているのが見えた。


「――――――お前さんは、どんなになるのかのう?」


 記憶に残っているのは、ここまでだ。

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