11-ⅩⅩⅨ ~事情聴取:真犯人Side~

「彼に言われずとも、私は香苗ちゃんに対して殺意があったことを、認めます」


 水原に取り調べを受けている犬飼は、堂々と言い放った。

 言われた水原は、ボールペンで頭をがしがしと掻く。


「あー……こんなことを言うとアレなんですがね、犬飼さん。ここでの発言には気を付けた方がいい。裁判での証拠になっちまいますからね」

「承知の上です」

「怪人犯罪の大半は、怪人化したことによる精神異常によるもの、とされるケースが多いんです。もちろん、国の都合で裁判は公にはなりませんけど」


 国は怪人の事情を公にはしたがらない。ゆえに、怪人による猟奇事件を、「精神に何らかの障害がある者による犯行」という表現で報道していた。事実、そういうケースも多々あり、特定の悪の組織に所属していないフリーの怪人の犯行は、大概が怪人化による精神汚染が見受けられていた。


「だからまあ、あんまりはっきり殺意を表明されちまうと、困っちまうんですよね」


 自白となれば、動かぬ証拠となってしまう。それに、可愛がっていたという香苗に対し、殺意を抱いていたとは、どうしても考えにくいのだ。


 それと、と付け加えて、調書を取っている警官を手で制しながら、水原は犬飼に近づける。


(……下世話な話、執行猶予にできれば、結構こっちもポイント稼げるんですわ)


 水原が言っているのは、警察組織の事ではない。もっと別の、とげとげ頭の少年の事だ。犬飼本人を自首に導いた紅羽蓮にとって、この男は恩師だというではないか。

 自分の力で執行猶予にしてやったとなれば、さすがの彼でも多少の恩義は感じるだろう。そうなれば、自身が彼に抱いている恐怖感にも、多少の留飲は下がる。


 犬飼は、そんな水原の心境を察して、ふっと笑った。


「……私は、罰は甘んじて受ける所存です。でなければ、どうあっても逃げ出していた」

「……そうですか。結構なことですな」


 水原は手をひらひらと振ると、再び調書を書かせ始める。この男は、おそらくとことんまで話すつもりだろう。だったら聞いてやろうではないか。


「香苗ちゃんがアイドルを続けると聞いて、私は大いに驚きました。何せ、彼女が引きこもったことを、知っていましたから。今は辛いかもしれないが、きっと乗り越えて幸せになってくれる。……そう思って……」


 そんな彼女の復活を知ったのは、他でもないDCSの幼稚園チャリティだ。


 その時やって来たのは、香苗を含むアイドル3人と――――――紅羽蓮。


「思えば、あの時の彼は、私に宣戦布告をしに来ていたのかもしれません」


 最初から自分を疑っている状態で、香苗たちを連れてくる。自分が護衛を務めることに絶対の自信があったのもあるだろうが。


 何より、香苗の決意を示しに来たのだ。「あんなことで、彼女は夢を諦めない」と。


 手詰まりだった。もう、彼女を止めることはできない。

 考えうる限りの悪であった大金田と軽井沢は殺した。彼女に毒牙をかけようとした、帯刀からもギリギリのところで救うことができた。


 だが、これ以上彼女が危険な芸能界に留まり続けるのならば、もう守り切れる保証はどこにもない。


 それならば、いっそ――――――。


「―――――命を以て、夢を幕引きさせようと、本気でそう思っていました」

(……やっぱり、精神に異常があったんやね)


 犬飼の独白は、水原は特に興奮することもなく、怯えることもなく、ただ淡々と聞いていた。怪人相手の取り調べをしていると、まるで精神科の医師にでもなった気分になる。


 極端な躁鬱だったり、虚言、妄言だったり。慣れない異形に引っ張られた成れの果てたちの話を聞くことは、存外退屈ではない。話しているうちに、気分がころころ変わっていく様は、まるで映画でも見ているようだ。


 なので、犬飼のような、平静を装い、だが、どこかが致命的に間違えているタイプの怪人は、非常に珍しかった。


「――――――蓮くんが止めてくれて、本当に良かったと思っています。私は、本当に取り返しのつかないことをするところでした」


 それに、と犬飼は何もない机を見つめる。


「大金田さんも軽井沢さんも、帯刀さんも。仲の良い人や、つながりはあったはずです。私は、そのつながりある人たちの心にも、深い傷を残してしまった。やはり、しかるべきさばきは受けなければならないでしょう」


 犬飼はそう言い、閉目する。目から、一筋の涙が流れた。


「……最後に、一つだけ。妻は、全く関係ありません。高島さんも、私にそそのかされただけです。私がこんな怪物でなければ――――――彼も、手を汚すことなど、なかったはずなのですから」


 再び瞼を開いた犬飼の目には、慈悲と、哀しみが宿っていた。

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