11-ⅩⅩⅧ ~事情聴取:共犯者Side~

「……犬飼、さんが……?」

「ああ、自首してきたぞ」

「……そうですか……」


 警察署の取調室で、刑事の言葉にがっくりうなだれた男がいる。


 高島だ。殺人事件の重要参考人、共犯者として、取り調べを受けていた真っ最中である。先ほどまでは黙秘を貫いていたのだが、犬飼征史郎が自首したことを告げたことで、彼の抵抗は徒労に終わった。

 だが、彼の表情はどこかほっとしたようだった。


「……もう、いいんですね。あの人は」

「何が?」

「……ずっと抱え込むのも、辛いってことです。私なんかより、あの人の方が、ずっと重くて暗いものを抱えていましたから」


 何かが吹っ切れた高島は、まるで別人のように、ぺらぺらと話し始めた。


「――――――私が、大金田と軽井沢、帯刀を殺す手助けをしました。……犬飼さんが殺した、ということは、もう分かってるんですよね?」


 高島の生体検査はすでに済ませている。怪人犯罪ではまず、容疑者が怪人かどうかを調べる必要があった。

 その結果、高島は人間。どうあがいても、彼にあの猟奇殺人はできない、という証拠は揃っている。

 なので、彼は事件に関与していても、共犯者以外にあり得ない。


「真犯人は犬飼征史郎――――――。これで決まりだな?」


 刑事が顔を近づけ、高島は頷いた。


*******


「高島さんは悪くありません。悪いのは……すべて私です。彼は、私の指示に従っただけだ」

「そういう訳にもいかんのですよ。彼がやったのは、れっきとした殺人ほう助ですからね」


 同じ時。異なる取調室で、犬飼園長は毅然と、水原刑事に向かって言い放った。


 彼がいるのは怪人特課、高島は捜査一課の管轄だ。なので、取り調べを担当する刑事は異なっている。


「軽井沢さんの義娘とは違うでしょう。高島さんは、あなたの能力や目的を、すべて知ったうえで協力しているんですから」

「……それは……」

「身柄を押さえた時も、ドームに三角形のシールを貼っていました。あれは、あなたが移動するためのポータルづくりでしょ?」


 3人を殺した理由が、夢咲香苗を守ろうとしていたことなら、百歩譲って理由がわかる。だが、今回の件、犬飼が殺そうとしていたのは、他でもない香苗だ。


 それを共犯したことは、彼女たちの上司である彼にとって、許しがたい行為である。


*******


「……私は、彼に魅せられていたのかもしれません」


 高島は、ポツリと呟いた。


 初めてあの怪物の姿を見た時のことを、彼は昨日のことのように覚えている。

 大金田が殺された夜。高島は大金田の家近くの路地裏で、三角形のシールを貼っていた。


『これから、大金田を始末します。車を用意しておいてください』


 そう言われ、半信半疑で用意して、待機していたのだが。路地裏に待機して30分ほどした時に、シールから異形、ティンダトロスが現れた時、彼は度肝を抜かした。


「う、うわあああああああああ!」

「――――――驚かせてすまないね、高島さん」


 ティンダトロスはその姿のまま、手に持っていたものを高島に差し出す。それは、つい先ほど書斎で刎ねられた、大金田の首だった。何が起こったのかを分かっていない。ただ、目の前に現れた異形に目を見開いた顔――――――そのまま、首の時は止まっている。それを見た高島は、さらに腰を抜かしてしまう。


「こ、これは……!」

「大金田の首です。これから、海に捨てに行きます。……車は、ありますね?」

「は、はい」


 高島の用意した車の後部座席に乗り込むと、ティンダトロスは見覚えのある老人の姿に戻る。高島も顔を知っている、犬飼征史郎だ。


 大金田の首を抱き、犬飼は静かに座っている。

 


「……大金田さんは、何か言っていましたか?」

「何も。言う間もなく、首を刎ねましたから」


 暗殺において、声を出させるのはご法度。これは軍人として教わったものだと、犬飼は言っていた。


「――――――犬飼さんは、一体おいくつなんですか?」

「何歳に見えますか」


 犬養は背筋もピンと伸びており、背も高い。正直言って、還暦を迎えていると言われても目を疑うほどに若々しかった。


「私は今年で、102歳になります」

「ひゃく……っ!?」


 思わず、変な声が出た。想像していたより、ずっと年寄り―――――いや、そんな言い方は似合わない。お年を召している。


「あの姿を見たでしょ。あの姿になった影響か、人より老けにくくなっているようで。おかげで、なかなか普通の生活は難しいのですよ」

「そ、そうですか……」


 車を運転しながら、高島はバックミラー越しに犬飼を見やる。年齢相応の、落ち着いた立ち振る舞いというか、人を殺したばかりなのに、嫌に冷静というか。


 ふ頭に着くまでに、色々な話をしたが、正直高島にその記憶はほとんどない。ただ、目の前の老人からあふれ出る生命力に驚嘆し、そして、魅了されていた。


 海に、布にくるんだ大金田の首を投げ捨てた時も、犬飼は強肩だった。そして、殺した大金田の首が海に落ちると、合唱して冥福を祈る。


「……軽井沢の時は、最初から海に移動できるようにしておきましょうか」

「そ、そうですね」


 犬飼との会話で多く話題に上がったのは、やはりというか、香苗の話題だ。


「あの子は、歌や踊りが好きで、毎日いろんな曲を踊っていたよ」

「そうなんですか。確かに、レッスンでも率先してダンスの見本をしたりしているようですね」


 そんなとりとめもない話。だが、楽しそうに話す犬飼の姿と、冷徹なる怪人であるティンダトロスとしての姿。


 とても等号で結ぶことのできないギャップが、彼の魅力であった。いつしか、高島の共犯の動機は、香苗ではなく、犬飼本人へと変わっていたのだ。


「帯刀が香苗ちゃんに手を出そうとしていると知った時、私は、内心興奮していたのかもしれない。すぐに、連絡を入れました」


 ラブホテルに着いた時、高島は香苗を車に残し、一人帯刀の部屋を訪れた。この時、帯刀は自分の部屋を知らない。彼もまた移動中であり、部屋を予約したのは高島自身だった。


 アメニティのティッシュケースに、彫刻刀で小さな傷を作る。三角形の傷を、隠すように忍ばせて、部屋に帯刀を迎えた。


「お待ちしていました」

「いい部屋じゃないか。今日は悪いね、予約入れてもらって」

「いえいえ。……もうすぐ、うちのアイドルも含めた、全員が来ますので、少し待っていてください」

「楽しみだねえ。……ふふふふふ」


 笑う帯刀に笑みを浮かべながら、内心では違う理由で笑っていた。


(……次にこの部屋に来るときには、あなたは殺されているとも知らずに……!)


 そして、部屋を出て、犬飼に連絡を入れる。あとは頃合いを見計らい、彼が帯刀を殺すのみ――――――。


 そして、それは多少の誤算はあれど、見事に達成された。


「――――――アイドル活動を再び始めたと聞いた時、私は、彼女に対して、おそらく憎しみに近い感情を抱いていたのかもしれません。会社を追われるのはまだいい。でも、そうまでして諦めさせたい夢にしがみつく彼女が、私には許せなかった」


 高島の目には、狂気の光が宿っていた。その形相に、刑事は思わずぎょっとする。


「――――――犬飼さんに、香苗ちゃんを殺すように進言したのは、私です」

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