11-ⅩⅩⅥ ~輝く星たち~

「悪い! 待たせた」

「……その服は?」

「着替えろって、愛に言われたんだよ……おい、笑うな!」


 笑う安里を小突きながらも、会場の中で蓮は園長たちと合流する。


 会場はすごい人であり、ざわついている。このドームの容量が3万人と言っていたが、この様子だとほぼ完売だろう。


「僕らの分は事前に買っといた奴ですからね。いやあ、凄かったですよ。主に転売的な意味で」


 チケット自体は販売してから1週間ほどで売り切れた。それから今日までの間に、チケットがネットオークションで大量に転売されている。その価格は、なんと正規の販売価格の5倍にまで跳ね上がっていた。


「不正じゃねーか!」

「そんなこと言ったら、基本的に日本の卸売おろしうり商社なんてほぼ不正ですよ」


 確かに許されることではないが、それで稼げる手段がある仕組みがある以上、それで稼げてしまうのも、また事実である。


「……そんなに、人気なんですか、香苗ちゃんは」

「まー、香苗さん個人というか、グループ全体のファンの総数ですね」


 なにしろ、元大手事務所で一流のレッスンを受けていたメンバーが48名も揃っているのだ。ニューヒロイン・プロジェクトの元メンバーなど、アイドルとしての活動の実績がある者もちらほらいる中で、かつての推し目当てに来ているファンも多い。


「今回のライブは、各ユニットの特色を生かしたパフォーマンススタイルのようです。ま、妥当ですよね。チームワークを活かすには、まだ早すぎる」

「アイツらの出番は?」

「今回のライブの立役者ですよ? トリに決まってるでしょ」


 となると、まだ余裕がある。安里が事前に用意しているという席に、蓮たちは連れてこられた。いわゆるVIPルームのような場所だ。


「……げっ! お前ら!」

「あ、どうもー」


 ぺこりと頭を下げる3人組に、蓮は顔をしかめる。

 トップアイドルASH。DCS48が大変なことになってしまった、そもそものきっかけとなる女たちではないか。


「なんでお前らがこんなとこにいるんだよ!」

「なんでって、ファンだからですよ。ほら、これ」


 メンバーの一人である誉田穂乃果が、着ているTシャツを見せてくる。それは、「IラブKEIKA」とプリントされていた。


「お前らもかよ!」

「……っていうか、お義兄さんも着てるじゃないですか?」

「これしかなかったんだよ!」

「ともかく、私たちちゃんとチケット買ってますからね!」

「それに、安里さんに頼まれて、ちょっとお手伝いもしたし……」

「手伝い?」


 安里をじろりと蓮が見やると、彼は肩をすくめていた。


「さっき転売の話したでしょ。一般の方ならまだいいんですけど、ほら、悪い人たちが買い占めて転売したりするじゃないですか。そういうところは、ね?」


 そういやこいつら忍者だった。反社会的な奴らも、アイドルのチケット買ったら忍者に襲われるとか、可愛そうに。


「ほら、蓮さんもこれ持って。あとこれも」

「……何これ、ペンライト?」

「アイドルのライブなんだから、使うに決まってるでしょ?」


 そういう安里は、ハチマキまで着けていた。


*******


 そうして、ライブはどんどん熱を高めながら進んでいった。すでに折り返しは過ぎ、それぞれのグループが、思い思いの力のぶつけていく。

 それぞれの元々ファンだった者、そうでない者も巻き込み、ライブはどんどん一体感を増していた。


 そして、いよいよ。


 ドームの電光掲示板に、「NEXT TO DCS」の文字が表示される。


「香苗ちゃんたちか!」


 いつの間にかペンライトを持っている園長夫妻の手に、力がこもる。

 会場が一気に暗くなり、ドームの天井がライトアップされた。


「プラネタリウム……!」

「金かかってんなあ」

「正直アレが一番お金かかりましたね」


 ちゃっかりライブの準備も手伝っていた安里は、裏事情をポロッと漏らす。


「それだけじゃありませんよ、ほら」

「あ? ……うわあ!」


 思わず、蓮は声を上げた。


 なんと、蓮の着ているTシャツが、光り輝き出したのだ。具体的に言えば、「IラブKANACCHI」の部分が。

 それどころか、ライブ会場の客のTシャツも、所々光り始めている。


「……まさか!」

「はい。あのプラネタリウムの光に反応して、こっちも光るんですよ。このシャツ」

「どんな金のかけ方してんだ!」


 なんでも、香苗たちたってのリクエストだったらしく、安里もできる限りの努力はしたらしい。


 ドームの中央、ステージ上に、スモークが立ちこみ始めた。周囲の観客がざわつき出す中、目の良い蓮は、ステージ中央部分が下がっていくのが見える。

 そして、再びせりあがってきた。3人の人影を乗せて。

スモークに紛れた人影を観客たちも認識したとき、歓声が沸き上がった。

 お待ちかね、DCSの登場である。


「みんなーーーっ! 今日は来てくれて、本当にありがとう!」

「楽しんでくれてますか!?」

「私たちも頑張るから、みんなも応援よろしくね!」


 3人がコールするたびに、歓声が沸き起こる。

 園長は、その様子を見ながら、思わずたじろぐ。


「す、すごい熱気だな……」

「おや園長さん、こういうところは初めてですか?」

「ええ、まあ……」

「すごいわね、これ皆、香苗ちゃんのファンなの?」

「まあ全員がそうと言われると微妙ですけど。大半はそうじゃないですかね?」


 香苗はこのライブの立役者であり、DCSの復帰からずっと最前線で頑張っていたメンバー。しかも、彼女が帯刀の毒牙にかかる寸前だったことも、大手事務所の裏取引に振り回されていたことも、すべて周知の事実。


 それらをすべて踏みつぶして、香苗はここに立っている。あらゆる闇を踏み越えた彼女は、ステージに立つ誰よりも輝いていた。


 3人の持ち歌を数曲披露し、いよいよそれぞれの得意なパフォーマンスタイムに入る。


 トップバッターは京華。以外にも彼女の得意としているのは、ブレイクダンス。


「へー、結構体づくりしっかりしてるねえ」


 Tシャツを光らせながら、ASHのメンバーである四宮詩織が感心している。本物の忍者である彼女たちに比べればまだまだ、というのは当たり前として、それでも光るものを感じているらしい。


 次はアザミのターン。彼女のパフォーマンスは……なんと、ドラム。それも、結構レベルが高い。ハイテクニックで、ビートを刻んでいく。


「どいつもこいつも、なんでこんな変わり種ばっかりなんだよ」

「本番前に、しこたま練習してたみたいですけど」

「かくし芸大会じゃねえんだから……」


 そんなことを言っているうちに、アザミのパフォーマンスが終わった。観客一同も、ドラムのビートに乗せられ、テンションが上がっている。

 そんな雰囲気の中、いよいよ香苗の出番である。せりあがってきたのは――――――ピアノ。


「ピアノ!?」

「そういえば香苗ちゃん、幼稚園のころからピアノやってたっけ」

「いやでも、この流れで!? 雰囲気ぶち壊しだろ!」


 蓮のツッコミをよそに、香苗は会場のみんなに手拍子を促す。観客たちの掛け声とともに、香苗はしばらくステージを回り出した。


 そして、彼女はVIP席の方を見やる。Tシャツが光っている蓮と、その傍らにいる園長夫妻の姿を、彼女ははっきりと見た。


 両手で制して、手拍子が止まる。それだけで、先ほどまでの盛り上がった空気が、ピタリと止まった。まるで、急にクラシックの発表会に来たようだ。

 香苗は淑女のようにスカートのすそをつまんで一礼すると、ピアノの椅子に座る。

軽く鍵盤を鳴らすと、そのまま彼女の指は、曲を紡ぎ出した。

 軽快なアレンジは入っているものの、その旋律は、観客のほとんどが聞き覚えがある。それは、蓮も、安里も、詩織たちですら、聞いたことのある曲だった。


「――――――これは――――――」


 園長夫妻は、その曲に瞳が揺れた。


 いぬかい幼稚園の体育館にある、グランドピアノ。副園長はお昼の時間になると、ここで演奏会をやっている。多くの園児の前で披露する、彼女の一番得意な曲。


 日野静歌も、この曲が大好きだと言っていた。


「――――――「きらきら星」……!」


 副園長の演奏を、目を輝かせながら聞いていた香苗の笑顔が、2人の脳裏によぎる。そして、一緒にピアノを弾いた記憶も。


(……こんなことも、私は忘れてしまっていたのか)


 園長の目から、涙があふれた。

 香苗の表情は、とても輝いている。天井のプラネタリウムも、香苗の演奏に合わせて、きらきらと輝いていた。


「……香苗ちゃん、綺麗ね……!」

「ああ……ああ……!」


 涙を流してうつむく園長を、副園長がそばで支える。

 蓮はその様子を、横目で見やった。そして、息を深く吐く。


 なんだか、どっと疲れた。

 「きらきら星」の旋律が、蓮の意識をどんどんと遠くへと運んでいく。


 ――――――思えば、幼稚園でこの曲が流れていた時、自分は良く昼寝していた。


 演奏が終わり、いよいよグランドフィナーレとなる。観客席のボルテージが最高潮に達するころには、蓮は爆睡していた。

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