11-ⅩⅩⅤ ~入場の前に~

「来た! 蓮さんから、ライン来た!」


 ドーム内、会場の前で待機していたのは、立花愛と安里修一の2名。ライブ前から蓮の話を聞いていた2名は、蓮からのラインを待っていた。


「お、来れるみたいですね。やっぱり、空間転移って便利だなあ」

「言ってる場合ですか! じゃ、やりますよ!」


 愛はそう言って、カラースプレーを取り出す。


「安里さん、本当にいいんですよね!? ドームに思いっきり落書きしちゃいますけど!」

「ええ。持ち主オーナーが言ってるんだから、問題ないです」


 安里オーナーのゴーサインの元、愛はカラースプレーを、ドームの壁に吹き付けた。


 ものの10秒ほどで、ドームの壁に、大きな三角形が現れる。


 そして、変化はすぐに現れた。


「……きゃあああああああああ!」


 三角形が歪んだかと思ったら、ただの壁のはずの部分から、片腕で蓮と副園長を抱えた、怪人ティンダトロスが、ぬっと現れたのだ。折れているであろう右腕は、ギプスによって固定されている。


 いきなり、凶悪な殺人犯と言われている怪人が壁から現れたら、さすがの愛もぎょっとする。いくら、わかっているとは言ってもだ。


「……君たちは……蓮くんの知り合いかい?」


 怪人はすぐに、人間の姿に戻った。それは、とても殺人など犯しそうもない、人当たりの良い老人の男性である。


「は、はい。あの、あなたは……その……?」

「ええ。今回は、彼にも、香苗ちゃんにもご迷惑をおかけして……」


 男は、深々と頭を下げる。愛も思わず、「あっ、えっ」と戸惑うばかり。


「……今回はご招待いただいたものですから」


 そう言って、安里にチケットを手渡した。安里はチケットを確認すると、園長と副園長の2名を案内する。


 スタッフに扮した朱部に連れていかれ、紅羽蓮は残された。


「……ちょっと、待て。俺は?」

「あなた、そんな状態でライブに行く気ですか。周りが引きますよ」

「……蓮さんも、ケガしてる!」


 今更、愛は気づいた。蓮は、あちこちボロボロである。特に、庇っている右肩のケガがひどく、よく見たら床には血が滴っていた。ロクな手当てもせずに来たのは明らかだ。


「会場をあなたの血で汚すわけにもいかないでしょ。先に応急処置してから来てください」

「別に、これくらいちょっとほっときゃ……」

「愛さん。スタッフルームに救急箱があるんで、お願いしていいですか」

「は、はいっ」

「いででででで! 引っ張んな!」


 安里に言われて、愛は蓮を引っ張りながら、スタッフルームへと引っ張られていく。

安里はやれやれと息を吐く。


(……どうやら、相当苦戦したみたいですねえ)


 もうちょっと、早く来ると思っていた。相手は確かに蓮の縁者かもしれない。だが、所詮蓮の相手にはならないと思っていたが。


(……やはり、オリジンが関連するとなると、怪人の強さも別次元、ということなんでしょうかね)


 すべての怪人の祖であるといわれる、「オリジン」なる存在。現状わかっているのは、なぜか徒歩市のパチンコ屋でパチンコ打っていた、ということだけだ。まだまだ謎は多い。


(――――――それにしても、なんでパチンコ屋?)


 こればっかりは、安里にもさっぱりわからなかった。


*******


「え、えっと、えっと……!」


 スタッフルームにて、愛は必死になって蓮の手当てをしていた。

 なにしろ、せいぜい絆創膏や湿布を貼るくらいだと思っていたのだ。なのに、蓮さんときたら。


「右肩に穴空いてるんですけどぉ!?」

(……バレた……)


 蓮は隠そうとしていたのだが、一番深い傷がバレてしまったのだ。見つけてしまった以上、手当しないわけにもいかない。


 だが、考えてほしい。普通の女子高生が、身体に穴が空いた人の手当てなどわかるだろうか? いや、わからない。


 なので彼女は、『ケガ 手当』で、スマホで必死に検索をかけていた。こんなことなら、もっとちゃんと保健体育の授業を真剣に聞いておくべきだった。


「……なー、まだか?」

「ちょっと待って!」


 肝心の治療される方の蓮は、座りながら愛が治療するのを待っていた。バレてしまった以上は、おとなしく治療を受けるしかない。なお、彼の右の頬には、絆創膏が貼ってある。


「あ、圧迫止血ってある! えっと、「清潔な布で、傷口を手で思いっきり圧迫する」……」

「え、嫌だ! 冗談じゃねえんだけど!」


 それってつまり、傷口に布やらを突っ込むということじゃないか。そんなの、想像するだけで痛々しい。


「わ、わかった! 待て、傷は自力でふさぐから、それはやめてくれ!」


 蓮はそう言って、筋肉で肩の傷口をふさぐ。


「……蓮さん、ホントに人間なの?」

「うるせーな、人間だよ! ほら、消毒するなら早くしてくれ! ずっと力入れるのきついんだから」

「う、うん」


 消毒液をしみこませたガーゼを、傷口に当てる。しみ込んだ液が、ふさいでいる傷口にしみ込み、さらに激痛が走る。苦痛に蓮は顔を歪ませた。

 そして、清潔な布を当て、上から包帯で圧迫する。これでひとまず、穴の応急手当は完了だ。


「はい、終わり」

「……動き辛え」

「我慢してよ、それくらい」


 大方蓮の事だから、2、3日もすれば傷は完全にふさがるだろう。とりあえず、今は下手に大ケガしていることを、香苗たちに知られないようするのが先決だ。


「ほら、服も着替えて。血着いちゃってる」

「あ? 遠くからだしバレねえだろ」

「ほかのお客さんもびっくりしちゃうでしょ?」


 まるでお母さんに着替えさせられる子供のように、蓮はあっという間に着替えさせられてしまった。


「……おい、このシャツ……」

「しょーがないでしょ、それしかないんだから」


 そうは言っても。黒地に「I♡KANACCHI」と書いているTシャツは、さすがにちょっと恥ずかしい。これ、ライブの売店の売れ残りのシャツだ。


「これ……」

「ほら、早く行ってきなって。園長さん、待たせてるんでしょ?」

「お前は?」

「私、片付けてから行くから」


 愛にそう言われ、蓮は「そ、そうか……?」と言いながら、スタッフルームを出て行く。


「良かったのか、着いていかなくて?」

「……いいんです」


 スタッフルームに立てかけてあった竹刀袋から、霧崎夜道が現れる。先ほどまでの蓮と愛のやり取りを、刀の中から見ていたのだ。


「アイツも罪な男よな。これだけ尽くされて、他の女のところに行くのだから」


 顎をさすりながら、夜道は蓮の去って行ったドアを見やる。


「幼馴染の晴れ舞台だもの。むしろ、お邪魔したら悪いですよ」

「……ん? その女、アイツの事を好いていたのか?」

「せっかくのステージに、他の女の子と来てたら、ね?」

「……奥ゆかしい奴だな、お前は」


 愛のはかなげな笑顔に、夜道はかつての妻の面影を見た。


 かつて、夜道と妻「ゆり」は、京の都に住んでいた。その際、彼女も似たような笑顔をしていたのを、魂となった今も記憶に残っている。


「……あんまり控えすぎるとな、痛い目見るぞ」

「大丈夫です。私、あんまり我慢しないタイプですから」


 愛はてきぱきと救急箱を片付ける。その時間は、ものの数分だ。少し待ってもらえば、十分一緒に行くこともできたろうに。


「さ、行きましょっか。私も、ライブ見たいし」

「……あんまり、やかましいのは好かんのだがな」


 竹刀袋を背中に抱え、愛もスタッフルームを出る。


 誰もいないスタッフルームは、きちんと片付いていた。

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