11-ⅩⅩⅣ ~決着~

「オラアアアアアアアアっ!」

「ギャウウウウッ!」


 蓮がかかとを落とし、獣の頸を地に沈める。息も絶え絶え、右肩の鈍痛は消えず。


 されど、蓮はとうとう、最後の獣の頸を倒した。もう、ティンダトロスと連携を取る異形は、もう誰もいない。


「……マサカ、猟犬たちがたった一人ニ……!」


 さすがの犬飼園長も、驚きを隠せない。手傷こそ負わせてはいるものの、自身の眷属たる「猟犬」が全滅するとは、夢にも思っていなかった。


 おまけに、武器となる日本刀もない。園長は、一気に劣勢に立たされていた。


 だが、それで引き下がるのなら、最初から殺人など、彼はしない。怪人ティンダトロスは、ファイティングポーズをとった。


「……素手のケンカで、俺に勝てるかよ……!」


 蓮も、同様に構える。両者が突っ込むと同時、園長は上体をそらした。


「っ!?」


 蓮の服をつかみ、そのまま巴投げを決める。さすがの蓮も、空中で自由に動くことはできない。

 そのまま巴投げの勢いを後転に利用し、園長は貫手を放った。

 狙いは言うまでもない。蓮の右肩に空いた穴である。


「うぐっ!」


 怪人化したことによる強靭な刺突が、蓮の傷をさらに抉る。激痛は蓮に、受け身を取らせることを許してくれなかった。


 背中からもろに地面に落ちる蓮に、園長は馬乗りになる。そして、容赦ないこぶしの雨を、顔面と右肩に浴びせる。


「ぐおおおおおおおおおおおっ!」


 顔面は人間の急所の宝庫。眼球などを潰されるわけにもいかない。ガードしようにも、左腕一本。おまけに、右腕も、肝心の肩が弱点になっている。


「このっ……いい加減にしろジジイ!」


 咄嗟に、顔めがけて放たれた右の貫手を、首をひねって躱す。受け流された腕は、蓮の右頬を切り裂いたものの、かすめる程度に終わった。


 そして、その右腕に、蓮は噛みつく。


「グアアアアアアアッ!?」


 まさか自分が噛まれるなどと思っていなかったのだろう。というか、人間が噛みつき攻撃をしてくるなど、想像もしていなかった。

 そして、一瞬、馬乗りの拘束が緩んだ。そこからは一瞬だ。

 フリーの左腕で、噛んでいた右腕を掴む。ゴリラを超える握力の蓮が力を込めれば、それだけで園長の腕の骨は軋み、折れた。


 悲鳴をあげる間もなく、蓮が上体を起こす。よろめく園長の腹に、蓮は頭突きをかました。

 鳩尾近くに入った頭突きの衝撃で、園長の呼吸そのものが止まる。ぐらりと揺れた体は、蓮の立ち上がりに耐えられず、倒れる。


 立ち上がろうとした園長の首に、蓮の左腕が伸びた。


「グッ……!」


 身体を動かそうとしても、動くことができない。もがく園長の上には、蓮がどっしり乗っていた。先ほどとは、文字通り形成が逆転している。


「……終わりだ、園長」


 あとは、右腕同様に力を込めればいいだけだ。園長がどんな抵抗をしようが、蓮が握力を爆発させる方が、よっぽど早い。


 終わってみれば、呆気ない決着であった。幼稚園の園庭に、獣の頸が18も倒れ伏しており、肝心の怪人ティンダトロスも、蓮に無力化されている。一方で、蓮も無傷というわけではない。


 完全に無傷なのは、園庭にある遊具と、幼稚園そのものくらいのものである。


「……私を、殺スのか?」


 園長は怪人の姿のまま、口を開いた。と言っても、どこから発声しているのか、わかったものではないが。


 蓮は、その問いに応えない。だが、首にはいつでも力が込められるよう、一切の油断がない。園長も、下手なことはできなかった。


 何か口を開こうとしたとき、蓮の後頭部に何かがぶち当てられる。大して痛くはないし、何なら当たった何かも折れる始末。見やれば、それは掃除用具のモップだ。


 そして、蓮の後方に、折れたモップの柄を構えている女性が一人。


「……し、主人を、離して!」


 園長の妻の、副園長である。先ほどの闘いの前、自宅内に引っ込んでいたはずだが、旦那のピンチにたまらず出てきたらしい。


「副園長……」

「い、いくら蓮くんだからって、これ以上は……! ゆ、許さないわよ!」


 目には涙を浮かべ、震える、高齢の女性。だが、彼女の目にははっきりとした闘志がある。

 蓮がじろりとにらんでも、口をぎゅっと結んで、彼女は耐えた。


「…………もう、イイ」


 園長は声を上げると、身体の力をふっと抜いた。蓮が顔を見やれば、その表情からは、戦意が消えているのが、怪人の姿でもわかった。


 自然と、園長から離れる。身体を大の字にしたまま、園長は、ピクリとも動かなかった。


「あなた!」


 副園長が、園長の元へと駆け寄る。怪人に何のためらいもなく駆け寄り、倒れた身体を抱く様から、この二人の長年の絆というものが、蓮にも感じられた。


 ティンダトロスの姿は、みるみるうちに戻り――――――蓮も見知った、犬飼征四郎の姿に戻る。


「……園長……」

「このままやれば、私は……君に、殺されるだろう。蓮くんに、そんな事はさせられない。……君も、大事な子供たちの一人なのだから」


 そして、蓮の瞳を通して、わかった。


 彼も、同じなんだ。今の自分と。

 少し考えれば、簡単にわかったはずなのに。


 大切な人に、人殺しなんて、させたくない。


「……気づくの、遅いんだよ……いてて」


 蓮が、右肩を押さえながら、園庭に座り込んだ。


 副園長は蓮を未だに警戒していたようだが、当の園長はふっと笑った。


「……年寄りの耄碌もうろくに、世話をかけて、すまなかったね」

「わかったんなら、いいよ、もう」

「さゆり。蓮くんに、手当を……」

「あ、待った!」


 蓮は包帯を持ってこようとする副園長を、手で制した。


「時間ねえんだ、手当、後でいいからさ」

「時間が……?」


「――――――今から行きゃ、間に合うだろ」


 蓮はポケットから、ライブのチケットを取り出した。それは、3枚。


「アイツから、アンタらも誘ってきてくれって、頼まれてんだよ」

「で、でも……!」


 いぬかい幼稚園のある床田町どこだちょうは、徒歩とあるドームとはかなり離れた位置にある。車を今から走らせても、間に合うかどうかは、正直微妙だ。


「……それに、この街の三角形は、ないんだろ?」


 ティンダトロスの能力である三角形での移動は、彼に触れてさえいれば他の人物も転移は可能な能力だ。それを利用すれば、大幅に短縮はできるだろうが……。


 その為に必要な三角形は、すでにこの街から消えている。


「……ああ。だから、作る」


 蓮はスマホを取り出すと、ラインでメッセージを書く。

 まったく、便利な世の中だ。

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