11-ⅩⅩⅢ ~親心、子は知らず~

 DCS48のライブを、各前身グループごとにパートを分けたのは、正解だった。おかげで、香苗たちはライブ最中に、軽食と水分補給にありつき、衣装替えの時間も十分に取れている。


 そして、その間に、水面下で起こっている事態を把握することができていた。


「……蓮ちゃん、まだ来てないって。安里さんが」

「……そう」


 香苗は、スマホのラインを確認して、少しだけ肩を落とした。


 合宿中、蓮がやって来た時。

 彼女は夜中に、一人蓮に呼び出された。


「ど、どうしたの……?」

「お前にしか話せねえことがある」


 夜の合宿所の、2人だけの体育館。何かロマンチックなことを、少しだけ期待していた。だが、蓮の表情を見て、それは違うということは、すぐにわかった。


 これはきっと、辛い話だ。下手したら、また部屋に引きこもってしまうくらいの。 

 正直、聞きたくはなかった。耳をふさいでやり過ごせるなら、そうするに越したことはない。知らない方が幸せなこともある、ということは、この芸能界に入って嫌というほどわかっている。


 ――――――でも、それでは、自分のなりたいアイドルにはなれないのだろう。


「聞かせてほしい」


 決意とともに、香苗は蓮にはっきり言った。蓮もその覚悟を受け取ったようで、自身の見解を告げる。


「――――――今回の、殺人をやってるのは、多分、犬飼園長だ」


 蓮の口から出た言葉は、覚悟をしていないと、倒れてしまいそうだった。

 幼稚園のころから、ずっと大好きだった犬飼園長。いぬかい幼稚園は園児の数に対して保育士さんの数が少なめだったので、園長や副園長と一緒に遊ぶことも多かった。

 蓮も香苗も、園長とは一緒に遊んでいた。蓮は園長と相撲を取ったり、香苗は絵本の読み聞かせをしてもらったり。楽しい思い出が、2人の記憶にある。


「……どうして、そう思うの?」

「お前、覚えてるか? 将来の夢の話」


*******


 蓮が言うのは、幼稚園の授業であった、「将来の夢を絵に描く」という内容の授業だ。思い思いに絵を描いて、それを発表していく。そういう授業。みんな思い思いに、クレヨンで将来の自分の姿を描いていく。


 香苗が当時描いたのは、やはりというか、アイドルだった。


「園長、見てみて! 将来の夢の絵!」


 園長は子供たちに慕われていたので、彼が来た時にはこぞって自分の絵を見せに行く。蓮も、香苗も、当然そのようにした。普段の園長なら、「素敵な夢だね、叶うといいね」と、笑顔で応援してくれるものだと思っていたから。


 だが、香苗のアイドルの絵を見た時、園長の顔色が変わった。


「――――――こんなもの、夢見るんじゃないっ!」

「……えっ?」


 香苗の絵を、園長が破り捨てたのだ。

 普段の優しい園長を知っている園児たちは、その豹変ぶりに、一瞬何が起こったのかわからなかった。


「……あ、あなた!」


 副園長が声をかけて、園長自身もはっとなった。そして気づけば、大勢の園児が目に涙を浮かべている。

 そしてその中でも、香苗は大粒の涙を流していた。


「――――――あ、ああっ! ごめんね、香苗ちゃん!」


 園長は大慌てで、自分で捨てた絵を拾い集めた。


「――――――わああああああああああああああああん!」


 だが、香苗はとうとう泣き出してしまった。副園長に抱きしめられて、香苗はそのまま連れられて行く。園長は、それを呆然と眺めていた――――――。


 その光景を、唯一泣かなかった蓮は、はっきりと覚えていた。


*******


「だから、お前にアイドルを辞めろなんて言う奴、園長しか思いつかなかったんだよな」


「……でも、あの後私、ちゃんと仲直りしたよ? 応援もしてくれたし……」

「応援?」

「私、こっちに来た時、1回園長に会ってるの。蓮ちゃんと会う前に」


 その時に、「自分がIBITSでアイドルになれるよう、養成所に通っている」ことを伝えたらしい。

 それを聞いた蓮は頭を抱えた。どうやって「香苗がアイドル養成所に通っている」なんてことを、所属事務所まで突き止めたのかと思っていたが、まさか本人から聞いていたとは。


「……なるほどな、だからか」

「え?」

「ホテルでお前を殴った理由だよ。お前、殴られたって言ったろ」

「う、うん……」

「本来なら、あの場でお前らを全員殺すこともできた。だが、やらなかった」


 あのホテルで、帯刀を殺した後、ティンダトロス――――――犬飼園長は、香苗に平手を浴びせた。

 軽井沢の義娘とは違い、香苗たちは間違いなく巻き込まれただけだ。下手なことから正体に繋がりかねない。殺してしまった方が得策だったはずだ。


 だが、それをしなかったのは、そもそも彼は、「香苗たちを守りに来た」のだ。帯刀という、新たに香苗たちを狙う毒牙から。


「……じゃあ、あの時、私を叩いたのは……」

「俺が親父なら、間違いなくやる。娘が売春ウリなんざ、許すわけねえだろ」

「……園長……」


 香苗はしばらくうつむいて、体育館で座り込んだ。気持ちの整理がつくまで、蓮も何も言わない。正直、蓮自身、気持ちの整理がついていない。


「……園長は、もしかしたらライブに来るかもしれねえ」

「え?」

「安里が言ってた。怪人になりすぎると、何するかわかんねえってな。ライブ当日に、乗り込んでくるかもしれねえ」


 だから、ライブが始まるまでに、決着をつける。


 そう、蓮は告げたのだが。


「――――――蓮ちゃん、待って!」

「あ?」

「……お願い、聞いてほしいの」


 真剣な表情の香苗の頼みを、蓮は眉をひそめながら聞いていた。

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