11-ⅩⅩⅡ ~猟犬の猛襲~

 ティンダトロスのマフラーには、三角形の装飾が付いている。そこから、巨大な獣のくびが現れた。その姿に、蓮は合点がいく。実際に見たのは2度目か。だが、そこから出ているのは知らなかった。


 顕れた獣の頸は、合計で18。成人男性ほどの大きさの頸が、猛スピードで蓮の身体を食いちぎろうと迫る。


「……どけ、ワンコロども!」


 飛んできた1体の頸を、蓮は殴り倒した。その一撃で、頸は痙攣をおこし、やがて動かなくなる。ぐったりと舌を出して倒れているさまは、目のない怪物の意識を奪ったことをはっきりと、周囲に分からせた。


 襲いかかろうとしていた頸たちが、一斉に動きを止める。そして、ただがむしゃらに食らいつくスタイルからは、明らかに違う動きへと変わった。


 距離を取り、けん制し、蓮の動きを探る。さながら猟犬のように、残った17の頸は蓮を取り囲んでいた。


 だが、それでいちいち襲い掛かってくるのを待つのは、蓮の性に合わない。

 あっという間に1匹との間合いを詰めると、蓮はこぶしを、獣の口の中に突っ込んだ。


「ッ!?」


 動揺した獣が口を閉じる前に、上あごを持ち上げる。そして、がら空きになった下顎に、今度は自分の片足を突っ込んだ。

 この状態で、一体何をするか。


「……オラぁ!」


 口の中に突っ込んだ腕と足を伸ばす。そうすることで、獣の許容量以上に顎が開いた。無理な顎の開口により、獣の顎関節は音を立てて外れる。


「ガアアアアアアアアアっ!」


 叫びはするものの口を閉じることができない獣は、そのまま地に倒れた。何せ頸しかないのだ。自力で顎をはめることができない。口を閉じれないということは、噛むことができない。その時点で、獣の武器の牙を奪ったも同然である。

 そのまま倒れた獣の頸を蹴り飛ばし、完全に意識を刈り取った。


「……あと、16匹……っ―――――あっぶね!?」


 咄嗟、蓮は身をかがめた。先ほどまで蓮の首があった部分を、日本刀の剣閃が抜ける。獣の頸を囮に、犬飼園長が接近していたのだ。


「……いや、17か!」


 躱した拍子にカウンターで蹴りを入れるも、即座に後ろに跳ばれ、命中はしない。

 同時に、獣の頸が四方から襲い掛かる。


 また顎を外してやろうか、とも思ったが、今度は揃いも揃って、頭突きの要領で突進してきた。


(……こいつら、学習が早え!)


 蓮が上に跳ぶと、園長が刀を構えて上空に待ち構えていた。


「いっ!?」


 振り下ろされる刀を、蓮は白羽取る。上から振り下ろされる力は、いくら怪人化しているとはいえ、老人が持っていていい腕力ではない。


(……このまま刀をへし折ってやる!)


 そう思った矢先、視界の端に、牙を剥く獣の頸が見えた。蓮は舌打ちしながら、空中で身体をひねった。園長を刀ごと放り投げるとともに、獣の鼻っ柱に膝蹴りを決める。


「ギャアアッ!」


 おそらく鼻の骨が折れたのだろう。獣の頸が、悲鳴を上げて落ちていく。園長も、刀を折れはしなかったが、ひとまず地面に落ちた。


 そして、手を放した瞬間に、蓮の左腕に、獣の頸が噛みつく。


「うおっ!」

 強靭な顎の力と、鋭利な牙が、そのまま蓮の腕を千切ろうとする。


 だが、蓮の腕を噛みちぎることはできない。彼の強靭すぎる骨格と筋肉が、牙と顎の力を完全に上回っていた。


「……俺の腕は、ビーフジャーキーじゃねえぞ!」


 蓮はそのまま、噛まれたままの腕を振り下ろし、別の獣の頸に叩きつけた。腕が自由になると同時に、獣の意識を1匹分奪う。残りは15。


 左腕にこびりついた唾液を払いながら、蓮は獣たちを睨みつけた。獣の頸も、かつてない強敵を相手に、じりじりと距離を取る。


(……マジで猟犬だな、コイツら)


 一匹一匹が強力な戦闘力を持っているのは間違いない。実際、蓮でなければさっきの時点で片腕を失っているところだ。

 それに加えて、相当に知能が高い。いきなり噛みつくのが無理なら、噛みつけるタイミングを図る、さらに、連携までこなせるチームワーク。


 安里の話では確か、戦争で使われる予定だったらしいが。こんなのが実戦で投入されていたら、歴史は変わっていたかもしれない。


(……それが何で、芸能人の殺人なんてやってんだ!)


 襲い掛かる獣の頸を躱しながら、蓮は一直線に園長を狙う。頸たちの司令塔は間違いないく彼だ。彼を倒せば、この頸たちも止まるだろう。


 対する園長は、刀を構える。


「オラぁっ……!?」


 こぶしを振り上げる蓮の横っ腹に、獣の突進があった。だが、その程度では攻撃は止まらない。こぶしを、園長の顔面目掛けて振り下ろす。


 園長は、一切よけるそぶりを見せない。


(―――――――っ!!)


 蓮のこぶしが、止まった。そして、それを見逃す園長ではなかった。


 日本刀の、獣の顎よりも鋭い突きが、蓮の右肩を貫いた。


「ぐぅっ……!」


 蓮は叫びこそしないものの、痛みに顔をしかめる。さすがに、身体を貫通されれば、彼だって痛い。

 だが、それだけでは終わらなかった。


「……っ! 抜ケない!?」

「うらああああああっ!」


 刺された肩の筋肉を引き締め、そのまま身体をねじる。園長の手から、日本刀が離れた。


 園長から距離を取った蓮は、そのまま日本刀の柄に手をかける。


「うああああああああああああああああっ!」


 汗を噴き出しながら、蓮は自分の右肩から刀を引き抜いた。深々と突き刺さっていた刃が、さらに身体を傷つける。

 抜けば血は出るが、それでも、身体に刀が突き刺さる異物感よりは幾分かマシだ。


 血まみれの刀を、蓮は足元に捨てると、そのまま刀を踏み砕いた。出血も、傷口辺りに力を込めることで、無理やり穴をふさぐ。


「……いってえ……!」


 息を荒げ、汗が噴き出す。こんなに苦戦したのは、遊園地での戦い以来か。


 ティンダトロスは、単純に強い。獣の頸との連携も相まって、実力は今まで戦ったやつの中でもトップクラスだろう。


 だが、それ以上に、蓮のこぶしは鈍っている。


 ――――――やはり、顔見知りとの戦いは、


 さっきも殴る寸前で、子供のころに見た園長の笑顔がちらついた。

 この男の、園児に対する愛情は、まぎれもなく本物なのは、蓮にだってわかっている。


(……わかってたろ、こんな事くらい)


 わかっている。自分のこぶしが、おそらくにぶることくらい。蓮だって、知り合いを、ましてや恩師を殴りたくなんかない。


 だが、わかっていた。この相手だけは、蓮が絶対に止めなくてはならないのだ。


(……このジジイに、香苗だけは、絶対に殺させちゃならねえんだ!)


 背後を取って来た獣の頸を、蓮は裏拳で殴り飛ばす。


 ―――――残る頸の数は、12。

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