11-ⅩⅨ ~ライブ前日の夜に~

「ただいまー……って、あれ?」


 駅弁48人分を買ってきた安里は、残してきた蓮と愛の様子の変化に気が付く。というか、誰の目に見ても明らかだった。

 何せ、愛が静かに泣いているのだから。


「……どういう状況です? これ」

「紅羽くん、泣かした?」


 朱部の言葉に、蓮は沈黙したままだ。事実であることは間違いない。


「……大丈夫です。ちょっと、びっくりしちゃっただけなので」

「びっくり?」

「もう新幹線来ちゃうし、後で私から話しますね」


 愛は涙を拭うと、すくっと立ち上がる。蓮も立ち上がると、48人分の駅弁を、朱部からかっさらった。


「一体何をしたら、あんなことになるんです?」

「……ちょっと、喝入れてもらってたんだ」

「なんで喝を入れた愛さんが泣いてるんですか」


 結局安里は、蓮の口から答えを聞くことはできなかった。だが、新幹線に乗るとき、蓮の目には明らかな決意が宿っているのはわかった。


「――――――で、何があったんです?」


 東京駅からの帰り道、安里は愛に問うた。愛も蓮と同様に一呼吸置くと、同じように語る。

 それを聞いていた事務所のメンバーは、驚愕の色を隠せなかった。あの、安里ですら。


「……なるほど。もし、それが本当だとしたら……今回の件、決着をつけるのは蓮さんが適任でしょうね」


 もともと、怪人を相手どる戦闘が想定される。蓮に任せるつもりではあったのだが。今回の件で、助っ人などは呼ばない方が良い、と、安里は判断した。


 それ以降、車の中は、静まり返っていた。


*******


 とある夜の道を、一人の男が歩いていた。

 男は息をひそめて、黒い外套をまとっていた。まるで、夜の闇に紛れるように。


 人目を避け、男がやって来たのは、徒歩ドーム。

 元大手事務所に所属していたアイドル達が、再結集したグループ「DCS:48s」の、復活ライブを明日に控えているドームだ。


 立ち入り禁止の柵を乗り越え、男はドームの敷地内へと侵入した。足早にドームへと近づく。そして、ドームの扉をペタペタと触り出した。


 ――――――その瞬間、男の姿が、ライトに照らされる。


「~~~~~~~っ!!」


 まぶしさに目が眩んだ男は、顔を腕で覆った。

 男が薄目越しに見やると、数人が自分を囲んでいる。


「そこまでだ、動くな。警察だ」


 警察手帳を掲げ、声をかけたのは、警視庁怪人特課の水原であった。


 照らされている人間は、もはや言うまでもない。高島である。


「高島だな? 不法侵入の現行犯で逮捕する」


 ずかずかと近づき、彼の手に手錠をかける。高島は最初から、抵抗する様子はなかった。


「どうもどうも、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「……あなたは、探偵事務所の……!」


 闇に紛れて現れた黒い服装の少年に、高島は目を丸くした。こんな深夜に、なぜここにいるのか。


「ライブが近づけば、ドームに来るだろうと思っていましたが、正解でしたね」


 言いながら、高島の手に握られていたものを、安里は奪い取る。

 それは、シールだ。恐らく簡易的に作られたもので、銀色の、模様も何もないシンプルなもの。


 形がである事を除けば、いたって普通のシールである。


「まあ、こんなの貼ったところで、いたずらくらいに思いますよねえ。これが、殺人に繋がるなんて、思いもよりませんよ」

「そ、それは……っ!!」

「あなたがここ数日、ドーム周辺に仕掛けていた三角形も含めて、この街の三角形は、すべて処理させていただきましたよ」


 安里の言葉に、高島は愕然とする。それこそ、徒歩市中に三角形を仕込んだ。さらに言えば、街を歩いていれば、三角形などいくらでもある。注意のマークや標識など、そういったものを枚挙すればきりがない。


「ふ、不可能だ……!」

「いや、ホント。不可能に近かったですよ」


 それを何とかした、と、安里は言う。確証などないが、嘘を言っている、とは、高島は感じなかった。


「……とりあえず、今貼ったシールは剥がさせてもらいます。あと、念のため言うときますが、その前にもあなた、ちょくちょくここにきてはシール貼ってたでしょ? あれも、全部剥がしてますから」


 水原の言葉に、高島はがっくりうなだれた。同時に兼守が、ドームの壁に貼られたシールを、勢いよく剥がす。


「……詳しい話は署で聞きます。真犯人についての情報も、教えてもらいましょうかね」


 水原に腕を捕まれて、高島も歩き始める。車に押し込められる直前、ふと、彼は安里を見やった。


「……あ、あの人は……!?」


 彼の言う「あの人」。それは、真犯人、ティンダトロスの事だろう。3人を殺した実行犯の事について、安里に問いかけた。

 対する安里は、いつも通りの笑みを浮かべる。


「ああ、あの人なら、うちのエースがしっかりやってくれるでしょう」


 微笑みながら、安里はドームを見上げた。


 夜が明けると、このドームで香苗たちのライブが始まる。そうなれば、もう誰にも止められない。


「さて、お膳立てはここまで。あとは……当日ですね」


 ライブが始まるまで、残り12時間を切っていた。

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