11-ⅩⅧ ~最後のヒント:紅羽蓮の告白~

「あー、安里さんですか? いませんでしたわ、さんは」


 警視庁怪人特課の刑事、水原は安里に電話をかけていた。苦虫をかみつぶしたような顔は、せっかくの獲物を取り逃がした獣のようである。


 ――――――怪人の共犯者がわかりました。


 安里からのタレコミをもとに、彼の自宅へと、任意同行するつもりで訪れたのだが。

 彼の自宅は、もぬけの殻だった。これは警察の動向を知ってか、はたまた最初からなのか。詳しくはわからないが、部屋は整頓されている。


「……男の一人暮らしなんですよね? 結構、綺麗好きというか……」

「あるいは、もう戻らない覚悟、かもしれんねえ」


 部下の兼守と話しながらも、水原は部屋を探ってみた。


 高島という男をざっくりと調べてみたが、なんとも面白みのない人生の男だ。

 年齢は52歳。もう少し頑張れば定年だったろうに、トカゲのしっぽ切りでクビになってしまった。

 IBITSプロに勤めて30年。家族もおらず、一人暮らしで借り上げ社宅での生活。まさに会社とともに生きている、というような男だった。


 だからか、新しく借りたばかりであろうこのアパートには、生活感がまるでない。ほとんど使われていない、という印象さえ受ける。


「地元、北海道でしたよね。帰っている可能性はありませんか?」

「いや、ないな。高島の家族、みんな死んどったし。帰っても身寄りないやろ」


 となると、高島は一体どこに消えたのか。

 真相は、刑事二人にはわからない。


*******


「というわけで。高島さんは、現在行方不明です」

「……高島課長が……?」

『……まさか、高島さんが……』


 スタンドアップ・プロの事務所で、安里は推理と現状を語る。香苗たちは合宿中でこの場にはいない――――――が、リモートでこの話を聞いていた。


「確認ですけど、大金田さんと軽井沢さん、帯刀さんとは、彼は共通して知り合いなんですよね?」

「ええ、いずれも、仕事上のお付き合いがありましたし……軽井沢さんの義娘さんは、以前高島課長がマネージャーを務めていたと伺っています」

『……で、でも、高島課長が関わっている証拠自体は……』

「それがですねえ、物証もあるんですよ」


 安里がそう言い、取り出したのは、三角定規だった。


「それは……?」

「現場にあった、三角定規ですよ。机の上にありました」


 大金田はさほど机周りを片付ける性格ではなかったらしく、書斎の机の上には沢山の文房具が置いてあった。


「……犯人の特徴を知っていれば、事件当日に密室であってもなくても関係ありません。なんせ、三角形さえ現場にあればいつでも殺せるんですから」


 そして、この三角定規は、事件の1週間前に高島が大金田に渡したものらしかった。使われることもなく、机に置かれたままだったろうが、それすらも高島の想定通りだったのかもしれない。試しに「同化」してみれば、高島に買われ、大金田の書斎でティンダトロスを排出するところまで、ばっちり見ることができた。

 軽井沢の義娘に三角形のネックレスを着けるように指示したのも、ラブホテルのティッシュケースに三角形の傷をつけたのも高島だろう。


『……もし高島課長が共犯者だとして……なんで、そんな事を……?』

日野静歌ひのしずかさんってご存じですか? 昔、香苗さんと蓮さんの通っていた幼稚園に来た事があるそうですが」


 被害者2名の共通点となる、自殺したアイドル日野静歌。彼女の存在が、凶行に走らせたきっかけとなっている可能性は非常に高い。


「何かご存じありませんか? IBITSで働いていた皆さん」

「……そういえば、高島課長の担当アイドルの中に、大変なことになった子がいた、と聞いたことがあります。まさか……」


 スタンドアップ・プロの社長である永井の呟きで、蓮たちは確信した。


 ――――――高島の動機も、日野静歌にある。


「香苗さんへの脅迫状についても、何か知っているかもしれません」

「……あ、そういやそんな話だったな」


 その後、刺激が強すぎる事態が多くて、すっかり忘れていたが。そもそも、香苗への脅迫状が、今回の事件に蓮たちが首を突っ込むことになったきっかけだ。


『高島さん、今どこにいるんだろう』

「さあ……こちらでも探していますので、見つかったら連絡を入れます。とりあえず、そちらには蓮さんを送りますから、安心してください」


 この会議の後、蓮は香苗たちのいる軽井沢(長野県)に行く予定になっていた。と言っても、そんなに長居はしないので、旅の荷物も少なめである。


 徒歩市には新幹線がなく、北陸新幹線に乗るために、いったん東京駅に行く必要がある。東京駅へは、車での移動。そして、東京駅の新幹線ホームには、少し早く着いた。

 駅へとやって来たのは、いつもの事務所のメンバー5人である。


「向こうに行く前に、差し入れでも買っていきますか」

「48人分の差し入れって、結構きつくねえか?」

「まあ、持ってくの蓮さんですし、何とかなるでしょ」


 安里たちは、そう言って駅弁コーナーへとさっさと向かってしまった。


「じゃあ、私も何か――――――」

「愛」


 名前を呼ばれて、愛は蓮の方を見やる。椅子に座っている蓮は、何かを考えているようだった。


「……何?」

「ちょっと、話がある」


 いつになく真剣な口調だった。違和感を覚えつつも、愛は蓮の隣に座る。


「……どうしたの、急に」

「……ちょっと勇気が欲しくてな」

「勇気?」

「今から話す事なんだけど……話すの、たぶん相当勇気がいるんだ。だから、慣らしときたくてよ」


 安里に話しても全然かまわない。なんだったら、香苗たちにだって話すことだ。


 だが、最初は、愛に話しておきたかった。


「……なんで、私なの?」

「お前に話すのが一番、気楽なんだよ」


 そういう評価をされているのが、良いのか悪いのか。愛にはいまいちピンとこない。


「俺自身、これについては気持ちの整理がまだ着いてねえって所もある」

「そうなの?」

「ああ。正直、いい話じゃない。これっぽっちもな」


 蓮は深呼吸をすると、一度目を伏せた。一体、蓮がこれほどまでにためらうなんて、一体何なんだろう。愛の中の興味は、どんどん膨らんでいく。

 ひとしきり呼吸を終えた後で、蓮は重い口を、無理やり開いた。


「――――――俺さ、今回の事件の犯人、なんとなくわかってんだ」

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