11-ⅩⅦ ~共犯者~
「これ見てください、蓮さん」
「これ、あの現場か?」
「ええ、蓮さんが香苗さんを助けに行った、あのラブホテルです」
探偵事務所で安里が見せてきたのは、ラブホテルの――――――殺人現場の写真だ。まだ、帯刀から噴き出した血の痕が残っている。蓮は平気だが、愛とかが見たら食欲失せるか、吐きそうだ。
「この現場には、あるものがあるのですが……わかりますか?」
「あるもの? ……って、なんだよ」
首をかしげる蓮に、安里は溜め息をついてしまう。まだまだ、探偵としては二流だ。
「しょうがないですねえ。ヒント。さっき僕、何を探してましたか? 軽井沢さんの家で」
「え、ネックレスだろ?」
「どんなネックレスでした?」
「どうって、普通の……」
写真と問答を繰り返して、蓮はふと、あることに気づいた。思わず、「あっ」と呟くほどに。
「……三角形?」
「その通り。よーく見てください。あなたなら、画像ちっちゃくてもわかるでしょ」
安里の言葉通り、蓮はよーく見ると、確かにわかった。
殺された帯刀康雄の枕の横。そこに、ホテルのアメニティであろうティッシュケースがあるのだが。
――――――箱に小さい、三角形の痕がある。
「……え、じゃあ大金田は?」
「彼が殺されたのは、書斎でした。机の上にありましたよ? 三角定規」
つまり、被害者の周辺には、必ず三角形があった。そして、怪人ティンダトロスは、蓮の目の前からも突然消えて居なくなる、瞬間移動能力の持ち主。
そこから、導き出されるのは――――――。
「……奴は、三角形で瞬間移動してるってのか?」
「仮説ですが、三角形から別空間へと移動できるのかと」
安里が義娘と最初に会い、「同化」したときに分かったこと。
それは、ティンダトロスが、彼女の胸元から現れたことだ。自分の胸から現れたのを、安里は義娘の視界からはっきりと見た。
同時に、体の中から現れるような感触はなかった。つまり正確に言えば、胸ではなく、胸元にあった装飾品から現れたことになる。
「正直、軽井沢の義娘さんの視界からでは、どの物体から現れたかまではわからなかったんですがね? ほかの現場と照らし合わせることで、正体がつかめました」
「……おいおい、そりゃ、ちょっと気持ち悪くねえか?」
蓮が眉をひそめながら、写真をじろりとにらむ。
まるで、都合よく怪人が現れる環境が整ったようじゃないか。
「そうなんです。整っているんですよ。実行犯が、現れることができる環境がね」
「……何が言いたい?」
蓮の問いかけに、安里はにこりと笑って答えた。
「――――――今回の事件、共犯者がいます」
「……は!?」
共犯者。思いがけない安里の推論に、蓮は首を傾げるほかにない。
「……それって、軽井沢の義娘か?」
「いいえ? 彼女は本当に、巻き込まれただけですよ。……ただ、自分の意志で巻き込まれた、というのはあるでしょうがね」
そこまで同化していないので、何とも言えないが。
おそらく事件当日、義娘は義父に対して、明確な殺意があった。
それは、常日頃抱いているような、くすぶるような殺意ではない。
今夜確実に、この男は死ぬ。そういった、確信があった。
「それに義娘さんは、帯刀を殺す動機がありませんし、面識もありません。殺人への協力なんてのは、リスクがあります。そうそう協力できるもんじゃないでしょう」
「……それをやった、共犯者がいるってのか? あの女とは別に」
3つの事件にそれぞれいるのか、それとも共通の人物なのか。それはわからない。
だが、法則を鑑みるに、単独での犯行は不可能だ。
三角形を媒介に空間移動する能力。確かに協力かもしれないが、それは殺人現場に三角形があることが前提である。一体、実行犯のティンダトロスはどうやって、現場に三角形があることを確信し、行動に移したのか。
「この結論に至った理由は、帯刀さんの現場にあります。あのラブホテルのほかの部屋のティッシュも、調べてみたんですよ」
そうしたら、わかったことがあった。ほかの部屋のティッシュには、三角形の痕がなかったのだ。というか、あの部屋のティッシュにのみ、三角形の傷がついていたのである。
「つまりは、あの部屋で帯刀さんが行為に及ぶことを知っていた誰か、ということになりますよね」
「……それって……」
「あの事件の時、ホテルにいた関係者。あの中に、共犯者はいます」
それは、断言だった。
そして、この事件に携わる者なら、おのずと共犯者は絞られる。
考えれば考えるほど、条件は合致した。被害者3人と面識があり、犯人の性質を知っているならば共犯の準備も可能。
――――――何より、キーパーソンである香苗の状況を、常に把握することができる。
そんな人物は、一人しかいなかった。
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