11-ⅩⅥ ~いざ、軽井沢~

 香苗たちが合宿のため、軽井沢の施設へと出発した当日。


 蓮と安里も、軽井沢へと訪れていた。より正確に言えば、殺された「軽井沢俊寛かるいざわとしひろ」の自宅だが。


「そろそろ教えろテメー、何に気づきやがった」


 自宅はすでに、義理の娘の所有となっている。今回は、アポを取って彼女の元を訪問した次第だ。

 安里はすでに、事件について何か手がかりをつかんでいる。それは、一緒に行動する蓮にも、なんとなくわかったが、未だに教えてもらっていない。


「まあまあ、その件については、ちゃんと話しますよ、これからね」


 安里は笑いながら、インターホンを押す。そっと扉が開き、中から顔を出したのは、被害者の義理の娘の女性。娘と言っても、蓮たちよりもずっと年上だが。


「……どうも」

「お久しぶりです。中に入っても?」

「……どうぞ」


 彼女に促され、家の中に入る。随分と綺麗な、ホワイトカラーの豪邸だ。蓮が聞いている話だと、ここに、軽井沢俊寛とその義娘の、2人で暮らしていたらしい。本妻は遠い昔に離婚し、数年前に亡くなっている。


 ネットワークビジネスにはまった義娘の夫、つまりは被害者の実の息子だが、縁を切られて連絡は取っていない。子供はいなかったそうで、借金まみれの子供がいないだけまだ幸せなのかもしれない。


「お父さんがなくなって、元旦那さんから連絡は来なかったんですか?」

「来てましたが……。なんだか、話をする気にもなれなくて」

「ま、そもそもの原因は元旦那さんの借金ですしねえ」


 リビングで、お茶を出してもらう。遺産はたんまりあったようで、生活にもしばらくは困らないらしい。女優業も並行すれば、十分生活水準を保つことはできそうだ。


「それは良かった、と言っていいんですかね?」

「ええ。……正直、今が一番人生で楽しいかもしれません」


 エロ親父から解放されたからか、義娘の顔は妙に晴れやかである。40代くらいのはずだが、見た目30代どころか、20代後半と言われても信じそうだ。いわゆる美魔女という奴だろう。


「それで、何が聞きたいんですか?」

「ええ。……お辛いでしょうが、もう一度お話を聞きたくて。あの事件の犯人を、まだ特定できてないんですよ、お恥ずかしい話ね」

「まあ……」

「あなたの証言から、怪人であることは間違いないんです。犯人の姿も、こちらの蓮さんが確認しました。ですが、肝心の正体がつかめないんです」


 彼女は、蓮の現場のほかに、犯人である怪人の姿を見ている、貴重な目撃者だ。だから、話を聞きに来た。


「当時の様子を、改めて教えてほしいんです」

「当時の、と言われても……」


 彼女は言いよどむ。蓮だって、「そりゃそうだろ」と思った。義父との情事を思い出せ、と言っているのと同じことだ。折角乗り越えられそうなのに。


「……それは、ちょっと……」

「そうですか……。じゃあ、せめて、ちょっとあるものを見せてほしいんですが」

「あるもの?」


「当時、あなたが着ていた衣装を」


 安里がその言葉を言った瞬間、蓮にもすぐにわかった。


 義娘の顔色が変わった。それも、恥じらいなどの紅潮ではない。むしろ逆の、血色が失せていく様に。


「ありますよね? この家に」

「そっ、それは……」

「別に大丈夫ですよ。前も言いましたけど、僕、ホントに興味なんてないですから」


 にこにこと笑う安里に、彼女は観念したのか、椅子からゆっくりと立ち上がる。


「……衣装室に」

「そんな部屋があるんですか。さすが女優ですね」


 もちろん、安里と蓮は着いていく。目を離したら、逃げられるかもしれない。階段を昇り、2階の衣装室へと赴く。

 衣装室には大量の服が、ハンガーにかけられてびっしりと並んでいる。当たり障りのない服から、多少露出の多い服もちらほら。


「……あの日の衣装は、これです」


 そう言って義娘がためらいがちに見せてきたのは、白い紐だった。蓮は、思わず首をかしげる。


「……紐じゃん?」

「蓮さん、見てください。ここに腕を通して、これを履くんですよ」

「は? おっぱいとか全部丸見えじゃねーか!」

「そりゃそうでしょうよ。そういう目的の服なんだから」


 男2人がエロ衣装を持ってあーだこーだと言っているのを、義娘は顔を赤らめながら睨んでいる。そりゃ、自分が着ていたことを考えたら、羞恥プレイ以外の何物でもない。


「……ま、こんなのはいいんですよ。軽井沢さん、僕が見たいのはこれじゃないんです」

「……え?」

「ここ、ここ」


 安里はそう言い、にっこり笑って、自分の鎖骨の中心辺りを指さした。

 義娘は一度視線を切るも、観念したように安里の求めるものを差し出す。


 それは、ネックレスだ。首に提げる部分に、三角形の装飾が付いている。少なくとも、エロ衣装なんかよりは、随分マシだと思うが。


 だが、安里はそのネックレスを見やり、ご満悦である。


「ああ、これですよ、これ」

「……それが、なんだって言うんですか?」


 そういう義娘の顔は、明らかに先ほどまでとは違っていた。焦りと怒りの感情が、はっきりと表情に表れている。


 安里はネックレスの写真を撮ると、にっこりした笑顔を彼女に向けた。


「ありがとうございます。おかげで、捜査が進みそうです」

「そ、そう、ですか……。危険な怪人ですから、早く見つかるといいですね」

「ええ。ご協力感謝します。では、僕らはこの辺で」


 安里は一礼すると、蓮を連れて部屋の外へと出る。


「本当に、協力いただいて感謝ですよ」


 その一言を聞き、義娘は衣装室に力なく崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る