11-ⅩⅤ ~最終調整・軽井沢合宿~

「合宿ですか?」

「はい。合流される新メンバー、合計45名。彼女たちとの連携を高めるために、ライブに向けての合宿を企画しております」


 路場が香苗たちに伝えた「合宿」は、復帰ライブのための最終調整であった。

 舞台も用意できたので、残るはいよいよ、彼女たち自身の問題である。


「……プロデューサー。ライブで何をるか、決めてるの?」


 アザミの問いかけに、路場は笑顔で、首を横に振る。


「――――――皆さんに、決めていただこうかと」

「それって……」

「こちらで用意するのは、ドーム1日の貸し切りと、皆さんの要望に応える準備です。実際のライブを作るのは、皆さんにお任せします」


 スタンドアップ・プロを設立する際、香苗の提示した条件。「自分たちの意見も反映する」という、そんな条件を提示した。


「このライブの主役は皆さんです。ならばこそ、私たちが用意するのではなく、自分たちでじっくり考えて作ってください」

「で、でもさ。期限とかあるんじゃないの? ドームだって、ずっと確保なんて……」

「使用については、実は当分使う予定がないそうなんです。あそこ、建て替えるらしくて。その計画で開けていたんですが、せっかく使いたいというなら、使ってから建て替えに入るそうです」


 路場がドームの運営に問い合わせて聞いた内容は、この通りである。実はその電話が隣のビルに繋がっていたことなど、彼には知る由もなかったが。

 

 ともかく、ライブを実施するまでに、時間は十分にある。


「今回の件は、かなり特殊です。今後、このように都合がよく活動できることは少ないでしょう。なので……最高のライブを開催できる、チャンスは揃っています」


 路場の言葉に、DCSの3人は頷いた。


「皆さんにはもちろん、リーダーとして、皆さんにはグループを引っ張っていただきます。……復帰ライブを、最高のものにできるよう、ベストを尽くしてください!」

「「「はい!!!」」」


 凛々しい返事が、芸能事務所の中に響いたのは、隣のビルで寝ていた蓮にも聞こえてきた。


*******


『……それで、合宿でしばらくは軽井沢に行くんだよね』

「あー、他の奴から聞いてるよ」


 自分の部屋で、紅羽蓮はうんざりしながらその話を聞いていた。似た内容の通話が、実に3回である。

 京華もアザミも、先日の日本一周でだいぶ蓮に気を許したらしい。特にアザミは、弟を持つ者同士、共通するものを感じたようで、色々話をするようになった。……と言っても、基本的に弟の話ばかりで、何の色気もないことは念のために言っておく。


 現在話しているのは香苗であり、どいつもこいつもウキウキした気分を隠すこともなく話してくる。


「合宿、内容はっきり決まってねーんだろ。その辺、お前らが詰めないとダメなんだろーが」

『そうなんだけど……蓮ちゃん、今回は来ないの?』

「後でな、後で。顔出しにくらいは行くよ」


 今回の合宿において、蓮は最初は不参加である。色々やることがあるし、何より女が48名も集まるようなところ、頼まれたって行きたくなかった。肩身が狭くなるのが、目に見えている。


(……いい加減、決着も着けねえといけねえしな……)

『蓮ちゃん……?』

「あ? ああ、なんでもねえ。とにかくお前らは、自分のことに集中しろ」

『……うん』


 じゃあ、と言って、蓮が通話を切ろうとしたとき、『あ、蓮ちゃん待って!』と香苗が止めた。


「何だよ」

『ライブ……見に来てくれるよね?』


 香苗の言葉に、蓮は少し間を溜めた。


「――――――行けたら、な」

『え!? ひどい!』

「うるせえ、先のことなんてわかんねえだろうが!」

『じゃあ、用事なかったら来てよ! 絶対だよ!』

「無茶なこと言うな……あっ」


 電話はそのまま途切れてしまった。


「……はあー……」


 蓮は溜め息をつき、スマホをベッドに放り投げる。弾んだスマホは、そのまま枕の上に落っこちた。


 狙われてるってわかってんのかね、アイツは。


 いや、逆か。わかってるからこそ、あんなふうに風に明るく振舞っているのかもしれない。そう考えることにしよう。その方が、こっちとしてもやる気がわいてくる。


「……とにもかくにも、だな」


 蓮は自分の部屋を出ると、リビングへと降りた。ソファでは母がテレビを点けたまま寝ている――――――ように見せかけて、実は起きているので、放っておく。

 蓮の目的は、ストーブの前を陣取っている、犬のジョンであった。


「ジョン、ちょっといいか?」


 ジョンの横に座り、伏している彼の背中を撫でる。デカい身体にふわふわの体毛が、蓮のストレスを一気に軽減していく。

 とうとう蓮は、顔をジョンの背中に押し付けた。犬ならではの臭さは、日々のシャンプーのおかげでだいぶ緩和されている。犬並みに鼻の利く蓮でも、顔を埋めるのに申し分ない香りだ。


 そのまま、ジョンを背中で吸う。ジョンは嫌な顔をしたが、こうなった飼い主は意地でも離れないのも、彼には分かっていた。


 呆れたようにあくびをして、しょうがない飼い主にされるがままになる。


 翌朝、自室から降りてきた紅羽亞里亞は、ぎょっとした。母と兄が、リビングで寝ていたら、そりゃ驚くだろう。ジョンはとっくにいなくなり、蓮はストーブの前で丸まっていた。


「……親子か」


 思わず突っ込んだが、冷静に考えたら、本当に親子だった。

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