11-ⅩⅣ ~徒歩ドーム買収よもやま話~
「新しい舞台ですけど。
「え、あそこですか?」
安里の決定に驚きの声を上げたのは、今回の件にほとんど関係ない愛であった。
「ま、今の香苗さんたちなら、あそこのキャパくらい余裕で埋まるでしょう」
「安里さんが手配したんですか?」
「ええ、まあ」
「一体、いくらくらい……」
愛は怪訝な顔をするが、安里はふふ、と笑うだけだった。
実際のところ、ほとんどハコ代はかかっていない、というのが本音のところである。
なぜなら、徒歩ドームの所有者はほかでもない、
香苗たちに当初の小劇場から会場が変わることを告げた数日後、蓮とボーグマンを連れて、安里は徒歩ドームに向かった。
本来ならイベントごとに使われるメインスペースに、1人の男が立っていた。年齢は60代前半くらい。ピシッとしたスーツを着て、サングラスをかけている。
彼は安里と蓮の顔を見るなり、みるみる青ざめた。
「いやー、どうも、どうも。すいませんね、無理言って」
「……ほ、本当に、これで勘弁してくれるのか?」
「ええ。ちょうどこれくらいの建物ほしかったんです。運が良かったですねえ」
男の正体は、このドームの所有者である。悪の金貸しである『アザト・クローツェ』に金を借り、とうとう首も回らなくなっていた。
本来なら徒歩ドームを売却したとしても、到底回収できないような金額の借金。いったい何に使えばこんなに借金が嵩むのか、蓮にはさっぱりわからない。
(ギャンブル?)
(ま、そんなとこです。まあ、カッコよく言えば投資ですけどね)
さらなる利益のために、株に手を出し、失敗した。一度株で儲けた経験もあり、投資していた株にしがみつくために金を借りていたのだが、とうとうその株が暴落したらしい。
(お前か?)
(違いますよ。そもそも興味ないし)
株価の暴落は安里の謀略とは全くの無関係。つまりは、このオッサンの完全なる自爆だ。
「そんじゃ、もらうものをもらいましょうか」
「……ああ」
男は安里に、一連の書類が入ったカバンを手渡す。そこに入っているのは、この徒歩ドームの所有権を譲る旨の書類だ。
男の署名捺印があることを確認し、安里は頷く。
「確かに。では、このドームと引き替えに、あなたの借金はチャラということで」
この男は運が良かった。こちらとしては、ちょうど広い建物を探していたところである。それを、なんとタイミングの良い事か。この話が上がるまで、安里は「地下でも掘りますか」なんてことを、真剣に考えていたのだ。
安里にとって債務の回収など大したタスクでもないので、返済額をまけることに、何のためらいもなかった。
ただし、下手に出るのではなく、あくまで貸しているという上の立場から。「これで勘弁してやる」というニュアンスは、金貸しと債務者の関係には必要不可欠だ。
「では、ごきげんよう。今後は無理な投資などしないように」
安里と蓮は、踵を返して帰ろうとする。
「……ああ、さよなら……!」
男の身体はその瞬間、異形の姿へと変わった。ドームの高さの半分に匹敵するサイズの、巨大な人獣型の怪物だ。顔はヤギのごとく変化し、手足も強固な蹄に変貌している。
「――――――死ネエエエエエエエエエエッ!!」
怪人は、巨大な腕を振り上げる。力任せに、目の前の小さい2人を叩き潰そうとした――――――その瞬間、1人が消えた。
「っ!?」
安里ではない方の、もう一人の少年を完全に見失った怪人は動揺する。まさか、一瞬で自分の眉間にジャンプしたなどとは、想像にもよらない。
蓮は空中で体をひねると、回し蹴りの要領で、眉間を蹴り飛ばした。その衝撃で、怪人の巨大な体躯をコントロールしている、脳が激しく揺れる。
怪人の黒目がぐるりと上向き、白目を剥いて、巨大な体躯がドームのスペースを埋めた。
「おー、お見事、お見事」
「アイツらの舞台に使うんだろ。こんな奴相手にして、いちいち壊してらんねーだろうが」
「ですねえ」
倒れた体はみるみる縮み、口から泡を吹いて倒れる男の姿に戻った。ボーグマンに男を担がせると、安里はカバンに付いた埃をぱんぱんとはたく。
「しかし、見事に決まりましたね。あのサイズを脳震盪ですか」
「いちいち頭粉々にしてられっかよ。掃除すんのも馬鹿らしい」
ぶつくさと言いながら、蓮は肩を鳴らす。随分と、力加減もうまくなったものだ。
「ところでアイツ、どうすんだ?」
「そうですねえ。借金自体はどうでもいいんですけど……。僕らに歯向かったこと自体は問題なんですよねえ」
とりあえず、この男と、彼が頭目を務めていた悪の組織は、利用できるようにでもしましょうか。
そう考えれば、今回の取引も悪くないものであった。
*******
「……安里さん?」
怪訝な顔をする愛に、安里は愛想笑いをする。
「……まー、色々とタイミングが良かったんですよ。色々ね」
「はあ……」
こんな方法でドームの会場を押さえたことは、愛には言いづらかった。
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