11-ⅩⅣ ~徒歩ドーム買収よもやま話~

「新しい舞台ですけど。徒歩とあるドームに決まりました」

「え、あそこですか?」


 安里の決定に驚きの声を上げたのは、今回の件にほとんど関係ない愛であった。


 徒歩とあるドームとは、蓮たちの住まう徒歩市とあるしの中心部にあるドームである。収容人数3万人の、日本では中堅サイズの大きさ。徒歩市のある何某県なにがしけんには野球チームがないので、特に野球観戦などはないのだが、代わりに地域に根差した大型イベントなどが行われることもある会場だ。


「ま、今の香苗さんたちなら、あそこのキャパくらい余裕で埋まるでしょう」

「安里さんが手配したんですか?」

「ええ、まあ」

「一体、いくらくらい……」


 愛は怪訝な顔をするが、安里はふふ、と笑うだけだった。


 実際のところ、ほとんどハコ代はかかっていない、というのが本音のところである。


 なぜなら、徒歩ドームの所有者はほかでもない、アザト・クローツェ安里修一なのだから。


 香苗たちに当初の小劇場から会場が変わることを告げた数日後、蓮とボーグマンを連れて、安里は徒歩ドームに向かった。


 本来ならイベントごとに使われるメインスペースに、1人の男が立っていた。年齢は60代前半くらい。ピシッとしたスーツを着て、サングラスをかけている。

 彼は安里と蓮の顔を見るなり、みるみる青ざめた。


「いやー、どうも、どうも。すいませんね、無理言って」

「……ほ、本当に、これで勘弁してくれるのか?」

「ええ。ちょうどこれくらいの建物ほしかったんです。運が良かったですねえ」


 男の正体は、このドームの所有者である。悪の金貸しである『アザト・クローツェ』に金を借り、とうとう首も回らなくなっていた。

 本来なら徒歩ドームを売却したとしても、到底回収できないような金額の借金。いったい何に使えばこんなに借金が嵩むのか、蓮にはさっぱりわからない。


(ギャンブル?)

(ま、そんなとこです。まあ、カッコよく言えば投資ですけどね)


 さらなる利益のために、株に手を出し、失敗した。一度株で儲けた経験もあり、投資していた株にしがみつくために金を借りていたのだが、とうとうその株が暴落したらしい。 


(お前か?)

(違いますよ。そもそも興味ないし)


 株価の暴落は安里の謀略とは全くの無関係。つまりは、このオッサンの完全なる自爆だ。


「そんじゃ、もらうものをもらいましょうか」

「……ああ」


 男は安里に、一連の書類が入ったカバンを手渡す。そこに入っているのは、この徒歩ドームの所有権を譲る旨の書類だ。

 男の署名捺印があることを確認し、安里は頷く。


「確かに。では、このドームと引き替えに、あなたの借金はチャラということで」


 この男は運が良かった。こちらとしては、ちょうど広い建物を探していたところである。それを、なんとタイミングの良い事か。この話が上がるまで、安里は「地下でも掘りますか」なんてことを、真剣に考えていたのだ。

 安里にとって債務の回収など大したタスクでもないので、返済額をまけることに、何のためらいもなかった。

 ただし、下手に出るのではなく、あくまで貸しているという上の立場から。「これで勘弁してやる」というニュアンスは、金貸しと債務者の関係には必要不可欠だ。


「では、ごきげんよう。今後は無理な投資などしないように」


 安里と蓮は、踵を返して帰ろうとする。


「……ああ、さよなら……!」


 男の身体はその瞬間、異形の姿へと変わった。ドームの高さの半分に匹敵するサイズの、巨大な人獣型の怪物だ。顔はヤギのごとく変化し、手足も強固な蹄に変貌している。


「――――――死ネエエエエエエエエエエッ!!」


 怪人は、巨大な腕を振り上げる。力任せに、目の前の小さい2人を叩き潰そうとした――――――その瞬間、1人が消えた。


「っ!?」


 安里ではない方の、もう一人の少年を完全に見失った怪人は動揺する。まさか、一瞬で自分の眉間にジャンプしたなどとは、想像にもよらない。


 蓮は空中で体をひねると、回し蹴りの要領で、眉間を蹴り飛ばした。その衝撃で、怪人の巨大な体躯をコントロールしている、脳が激しく揺れる。


 怪人の黒目がぐるりと上向き、白目を剥いて、巨大な体躯がドームのスペースを埋めた。


「おー、お見事、お見事」

「アイツらの舞台に使うんだろ。こんな奴相手にして、いちいち壊してらんねーだろうが」

「ですねえ」


 倒れた体はみるみる縮み、口から泡を吹いて倒れる男の姿に戻った。ボーグマンに男を担がせると、安里はカバンに付いた埃をぱんぱんとはたく。


「しかし、見事に決まりましたね。あのサイズを脳震盪ですか」

「いちいち頭粉々にしてられっかよ。掃除すんのも馬鹿らしい」


 ぶつくさと言いながら、蓮は肩を鳴らす。随分と、力加減もうまくなったものだ。


「ところでアイツ、どうすんだ?」

「そうですねえ。借金自体はどうでもいいんですけど……。僕らに歯向かったこと自体は問題なんですよねえ」


 とりあえず、この男と、彼が頭目を務めていた悪の組織は、利用できるようにでもしましょうか。

 そう考えれば、今回の取引も悪くないものであった。


*******


「……安里さん?」


 怪訝な顔をする愛に、安里は愛想笑いをする。


「……まー、色々とタイミングが良かったんですよ。色々ね」

「はあ……」


 こんな方法でドームの会場を押さえたことは、愛には言いづらかった。

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