11-ⅩⅢ ~想定外の事態~

「えー、大変なことになりました」


 DCSの3人は、突然スタンドアップ・プロの事務所に呼び出されて困惑していた。そこでは、沈痛な顔をして、路場、蓮、安里が座り込んでいる。


「え、何かあったんですか……?」

「チャンネルが、BANされたとか……?」

「社長が入院したとか!? 今、いないもんね!」

「あ、社長は営業で外出中です」


 京華の問いかけに、路場はあっさりと答える。


「……いえね? 実はですね、復帰ライブ、ニューヒロイン・プロジェクトの皆さんの15人体制でやろうと思ってたんですけど……」


 事情を知っている安里が説明をはじめ、香苗たちの顔色が白くなる。


「だ、誰か来られなくなっちゃったんですか!?」

「……あ、いえ、その、ね……」


 わざとらしく言いよどむ安里に、蓮は溜め息をついた。


「……逆だ、逆。増えすぎてんだよ。人数が」


 蓮の答えに、3人は顔を見合わせる。言っている意味が分からなかった。


「……へ? だって、15人だけでしょ?」

「動画サイトがバズったことで、この事務所への入所希望者が激増しまして……」

「仲間が増えるの? なら、良い事じゃん。どれくらい?」


 アザミの問いかけに、路場は口をつぐむ。いったいこの男どもは、何をそんなにもったいぶっているのだろうか。


「……く人」

「え?」


「300人……です」


 3人は、再び言葉を失った。


「「「……ええええええええ――――――っ!!!」」」

「お前らこれ見てみろよ、これ」


 蓮が、机に山盛りになった書類の束を指さす。


「これ、全部履歴書だぞ、どうしろってんだよ」

「とても小規模事務所でやるキャパじゃないんですよねえ」


 試しに履歴書を見やると、思わず香苗たちは息をのんだ。何しろ、他の大手事務所からの移籍を希望しているのは、超有名アイドルだったのだ。


「う、嘘……!」

「ほかにも、例の事件で大手を辞めた子とか、地下アイドルとか、一般人とか、その辺からゴロゴロと。ちなみにそれ、書類審査で落としきれなかった人たちですからね」

「これより沢山来てたんですか!?」

「昨晩は僕ら皆、夜なべですよ、はははははは」


 ここにいる蓮と安里はもちろん、事務所ではエナジードリンクの空き瓶に囲まれて、朱部もぐったりしていた。女子高生小学生夢依すら途中まで参加させられており、愛は残業マシマシで帰宅し、夢依は飽きてとっとと寝てしまった。ここまでの選別が終わったのも、実は朝方だったりする。


 なにしろ、日本全国を回っていたからか、日本全国から履歴書が送られてきた。動画サイトの概要欄に事務所のHPを載せていたことも起因するだろう。


 メールフォームに、山のように送られた履歴書データ。とてもじゃないが、路場と社長だけでは捌ききれない。


 急遽安里探偵事務所の面々も、履歴書のデータを総当たりすることになった。おかげで夜通し座りっぱなし、パソコンの画面を見っぱなしである。眠いわ、腰が痛いわで、もう散々だ。なんなら書類審査で通った人の履歴書を印刷するだけで、軽く1時間はかかっている。


「……こ、この人たち、どうするんですか!?」

「……各人、面談ののち、契約かどうかの判断をする予定です」

「これだけの人数を……?」


 この発言をした路場ですら、顔が強張っている。どれだけの重労働になるか、さらに言えば、相手の中には結構芸能界でのポジションも確保している、実力派アイドル達もいるのだ。路場より年上の大物もいる。緊張しない方がおかしい。


「言っとくが、俺手伝わねえからな、さすがに」

「えー、それでですね、特に、ちょっとこの子達見てほしいんですけど」


 安里が履歴書の束から取り出したのは、数十人分の履歴書だ。それらを、香苗たちに手渡す。

 写真を見た香苗たちは、女の子たちの顔に見覚えがあった。


「……あ、この人たち……!」

「はい。『アイド☆ルーキーフェス』で皆さんと鎬を削った、元・他の大手事務所のアイドル達です」


 彼女たちも、香苗たちと同じく、大手事務所のごり押しに振り回された者たちだ。香苗はさらに、帯刀が殺されたホテルにいたアイドルの顔を見つける。週刊誌にすっぱ抜かれたことで、彼女たちも芸能界を引退していたのだが。


「香苗さんが再生したことで、彼女たちもアイドルとしての熱が再び灯ったんでしょうね」

「……それじゃあ、私たちが全国を回ったから……?」

「ええ。皆さんと一緒に輝きたい! と、こんなに履歴書が来たわけですよ」


 もちろん、当時一緒にいたメンバーの全員ではない。ここに履歴書がない子は、完全に芸能界への夢も希望も消え失せてしまったのかもしれない。全員の心を救うことはできない。


「でも、これだけの人を再燃させられたのなら、上々でしょうよ」


 安里はそう言い、にこりと笑った。


「それでですね、ちょっと考えていることがありまして。これだけのエネルギーがあるんです、当初考えていた会場では、ちょっと狭いなってなったんですよ」

「え?」

「――――――この子達、全員使おうかなと思ってます」


 安里の笑顔に、暗い影が浮かぶ。DCSの3人は、ぎょっとした顔を隠せない。


「……えっ!?」

「ち、ちょっと待ってよ! 何人いると思ってるの!?」

「ざっと、33人ですね」


 ニューヒロイン・プロジェクトと組み合わせて、その人数は48名。


「そんなに一気にステージに立つって、結構な広さじゃないとだめじゃないの!?」

「そうなんですよ。ハコ代、結構かかりそうなんですよね。まあ、チャンネルが好調なので、収益が入ってきたら賄えそうな気はするんですけどね」


 なんだったら、彼女たちには引き続き動画を撮ってもらっている。とはいえ、企画もまだちゃんとしたのを用意していないので、日常を切り取ったショート動画を中心だ。これらをSNSで流すことで、彼女たちの知名度を維持していくのが目的である。


「それに、企業さんから案件のオファーも来ているので、近いうちに案件動画を作ったりもあるでしょうね」

「案件! 凄いね、IBITSにいた時は考えてもなかった」


 京華は思わず唸る。


「まあ、一部の方は独自にやってはいましたけど……我々のいた部署は、あまり積極的ではなかったですね」


 路場も、当時の事を思い出しながらうなずいている。


「さあさあ、皆さん、ここからが正念場ですよ。これからさらに、イベントを盛り上げていきますからねー」


 安里はにっこりと笑うと、手をぱんぱんと叩きながら、全員を鼓舞する。


 路場と比べてどっちがプロデューサーなのか、比較されても遜色はなかった。

 

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