11-Ⅻ ~悪酔いを醒ます鐘の音~

「だ~か~ら~ぁ、たくさんの女の子に囲まれて、さぞかし楽しかったんでしょ?」


 目の据わった愛は、じりじりと蓮に近づいてくる。彼女の持つ箸には、お手製の肉巻きが摘ままれていた。


「だから、仕事だっつーの……!」

「いろいろ遊んでたんじゃないの? なんか、こう……」


 そこまで言って、肝心なことを言わせないように、蓮に肉巻きを食わせる。


「もごっ……」

「可愛いもんね、みんな。なんてったって、アイドルだもん」


 むくれながら、愛はジュースを飲んでいる。なんだか、顔色もちょっと赤みがかっていた。言っておくが未成年なので、当然酒なんて飲ませていない。


 だが、愛はなんだか、ゆらゆらと揺れていた。ちょっとジャズ・チックな、ハリウッド映画の濡れ場とかで流れそうなBGMが、ボーグマンから流れている。叩き壊してやろうかこのポンコツ。


「蓮 さ ん?」


 ぎょっとするほど近くで、愛がプレッシャーを放っている。どうやら、蓮が今座っているソファから離れることすら、お気に召さないらしい。

 おかげで、ボーグマンを叩き壊しに行くことすらできない。完全にソファに拘束されてしまっていた。


********


「……っ!!」

「ちょっと、お腹痛い、お腹痛い……!!」


 朱部と安里は、互いに腹を押さえてうずくまっていた。苦しい――――――というのは間違いではないが、笑い過ぎ、という点で一気に心配する気は失せる。


 ましてや、それが自分の部屋ならなおさらだ。


「……ねえおじさん、宿題の邪魔なんだけど」


 勉強机に向かっている安里夢依は、床に寝っ転がって笑い転げている叔父たちに難色を示した。


「夢依もこっち来て見ます? 面白いですよ」

「嫌だよ。ダメな大人に混じりたくない」


 辛辣な9歳児の発言に、ダメな大人の筆頭は笑顔を保つことしかできなかった。


「……まあ、やばくなったら何とかしてあげましょう」

「できるの? そんなこと」

「問題ないでしょう。お酒飲んでるわけでもないし」


 安里はニヤリと笑いながら、再びパソコンのエンターキーに指をかけた。


********


「むぐ、もご……」

「色んな美味しいもの食べたんでしょ? 色んな所に行ったんだもんね?」


 愛の問いかけに、蓮は答えることができないでいた。


 だって、何か言う間もなく、愛がめちゃくちゃ蓮に食わせてくるのだから。現在蓮は、盛り合わせのレタスを口に放り込まれていた。


「……んぐ。だから……!」

「ほら、これも食べて食べて」

「むがっ」


 次に口に放り込まれたのは愛が焼いたクッキーだった。しっとり、練りこまれたカカオが甘みの中にほろ苦さを伴っていて、とても美味しい。


 美味しいけど、葉っぱ食べて水分がただでさえない状態の口腔内にクッキーのねじ込みは、割と拷問に近い。

 口の中の水分が、みるみるうちに奪われていく。


「いいなあー、蓮さんは。色んな所に、可愛い女の子と一緒に行ってさあ」


 いつの間に用意していたのか、大量のクッキーの乗った皿を、愛は持っている。一体、どんだけ時間をかけて用意していたのかを、蓮が推し量るには十分だった。


「……企画で食ってただけだっつーの! さっきから言ってんだろ!」


 口の中のパサパサに耐え切れず、とうとう水をがぶ飲みした蓮が、たまらず叫ぶ。

 だが、目の据わった愛は、構わずじーっと蓮を見つめていた。


「……あの子とも、仲良くしてたんでしょ?」

「あの子?」


「……幼馴染だっていう、あの子」

「香苗の事か?」


 名前を言った途端、愛の目つきが鋭くなった――――――気がする。


「いいねえ、幼馴染って。私いないもん、そういう子」

「あのなあ、別にアイツだからどうこうってわけでも……」

「でも『蓮ちゃん』って呼ぶんでしょ!?」


 この呼び方が蓮にとって親しい呼び方であることは、愛だってわかっている。お母さん、知り合いのおばさんなど、近しい人は彼の事をそう呼んでいるから。


「ガキの頃からそう呼ばれてるだけで、別にどうってことも……」

「どうってこともあるの!!」

(なんでだよ……)


 なんでコイツがこんなにむくれているのか、蓮には本当にさっぱりわからない。


「大体、そんな言うならお前だってそう呼びゃいいじゃん」

「えっ!? いいの!?」

「別に構やしねえよ、呼び方くらい」


 その言葉に、愛はずいっと、蓮の顔に近づく。


「……ホントに、言うよ?」

「いや、だから別にいいって……」


 むしろそれより、近いって。


 蓮の気持ちなど知らず、愛は息をいっぱいに吸って、深呼吸し始める。たかだか名前呼ぶだけなのに。


「……れ、蓮、ち……ち……ちゃ……」


 愛が、顔を真っ赤にして、蓮の事を呼ぼうとした、その時だ。


********


「――――――そろそろお開きにしましょうか」


 安里が満面の笑みで、エンターキーを押した。


*******


 日曜の正午に国営放送で流れてそうな、鐘の音が急に鳴り響く。蓮と愛の2人は、肩をびくり、と震わせた。


 ぱっと後ろを見やれば、ボーグマンから軽快な音楽が流れている。さっきまでのしっとりしたBGMはどこへやら。完全に、場の雰囲気は変わっていた。


 つまり。


「……はっ!」


 愛の顔が、蓮と思っていたより近くなって、さらに真っ赤になる。所詮は場酔い、雰囲気さえ変えてしまえば、酔いは簡単に醒めるのだ。


「わ、わわわっわ、私、何を……」


 すっかり酔いが醒めた愛は、あわあわしながら蓮の顔色をうかがう。


 蓮も急接近されて、顔を赤らめていた。

自分が何をしていたのか、その記憶が、愛の中で、鮮明に思い返される。


「~~~~~~~~~~~~~~っ!! ご、ごめんなさーーーいっ!!」


 羞恥に耐え切れず、愛は事務所から出て行ってしまった。一応、夜道の竹刀袋を持って帰る程度には、冷静だったみたいだが。


「……おい、料理どうすんだ、おい」


 残された結構な数の料理のなか、蓮は事務所に一人残されてしまった。


 いや、一人ではない。後ろにボーグマンがいる。


 失格の時の鐘の音が、事務所にこだました。

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