11-Ⅹ ~状況報告:滋賀~

「「「チャンネル登録80万人&300万再生!! おめでと――――――っ!!」」」


 掛け声とともに、缶のジュースがぶつかり合う。お風呂上がりでパジャマ姿の3人娘が、それを一気に飲み干した。


「「「ぷは――――――――――っ!!!」」」


 キンキンに冷えた柑橘系の甘酸っぱさが、彼女らの喉を潤していく。


「いやああー、お風呂上がりの一杯は最高だね!」

(ジュースだけどな)


 上機嫌で笑う京華から離れた位置で、蓮は同じく冷えたコーラを飲んでいた。


 ここは滋賀県のホテル内。折角だから琵琶湖の見えるホテルで泊まろう、ということで、ちょっといいホテルを利用している。

 というか、安里から「チャンネルが好調なので、ちょっといいとこ泊まっていいですよ」とお墨付きが出たのだ。今まで狭いビジネスホテルばかりだったDCSの3人は、大層喜んだ。


 そして現在。琵琶湖を望むホテルの露天風呂を満喫した3人は、酔ってもいないのにテンションマックスで酒(ジュース)盛りをしているわけだ。ちなみに、蓮は撮影でもなく、「蓮ちゃんも飲もうよ!」ということで引っ張り出されている。


「風呂入ったからって元気すぎだろお前ら……」

「でも、やっぱり嬉しいよ。こんな風に、色んな人に動画とか見てもらえてるわけだしね」


 クール担当のアザミですら上機嫌なのだ。蓮はちらりと時計を見やる。現在午後8時。このテンションは、あと2時間は持続する。そこから惰性で飲み続けて、寝れるのは推定深夜1時ごろか。


 麻子は仕事で緊急の打ち合わせがあるとかで、別室でリモート会議中。つまりはこいつらの相手を、当分自分がしなければならないということだ。


「オラ、飲めーい!」


 がくんと、テンションの上がった京華に肩を回される。年ごろの女子の風呂上がりの匂いよりも、ダルがらみの不快さの方が勝って、蓮は顔をしかめた。


********


『……と、いうわけで。無事チャンネル登録者も着々と増え、軌道に乗りつつあります』

「そうか」


 ニーナ・ゾル・ギザナリアは、ホテルの個室でスマホを眺めていた。現在、アザト・クローツェとのリモート会談中である。仕事でリモートする、と蓮にはいっているので、嘘は言っていない。


「つーかそもそも、妾はほぼほぼそっちの運営管理には携わっておらんのだが?」

『まあまあ。ちゃんとした大人でそっちで話せるの、あなたしかいないんですよ』


 アザト・クローツェは仮面越しに笑う。別に素顔も知ってるし、2人だけなので外せばいいのに、と思うが、それを言えるほどコイツと親密なわけでもない。ギザナリアは溜め息をついた。


「それで、そっちはどうなった? 頼んでた件」

『ええ、その辺はつつがなく。ちょうど、試したいものもあったので、むしろ良かったですよ』

「……フ、敵対勢力も悲惨よな。こんなくだらない理由で、貴様なんぞと敵対することになってしまったのだから」


 ギザナリアが率いる『ゾル・アマゾネス』は、敵対する悪の組織との抗争を控えていた。だが、よりにもよってそんな時に、蓮から「麻子、悪いんだけど……」と頼まれごとを受けてしまった。


 正直、すごい迷った。悪の組織の首魁としては、敵勢力を殲滅して威厳を保ち、勢力も拡大したい。面倒見の良いおばちゃんとしては、蓮ちゃんの頼みも聞いてあげたい……あと、先輩が怖い。


 そんな板挟みにあっていた彼女に手を差し伸べたのが、アザト・クローツェだった。


「よかったら、僕らが代わりに行きましょうか? 抗争」


 そんなわけで、ゾル・アマゾネスの助っ人として、安里探偵事務所の面々(愛はシフト休)は、敵対組織の殲滅をしていたのである。


「というかそもそも、お前らがこっちに来ればよかったじゃないか」

「いやあ、そういうわけにも行きませんって。探偵事務所、長いこと閉まっちゃうじゃないですか」


 まさか、愛一人に留守番させておくわけにもいかない。バイトの、しかも女子高生に事務所の運営管理まで任せるなんて、ブラック企業と言われてしまう。


「……ふーん、まあ、良いわ。そっちが終わったのなら、こっちも安心できるというものよ」


 ギザナリアが安堵の息を吐くと、画面越しにアザト・クローツェも『ふふふ』と笑う。


『それで、例のアレ、現れました?』

「いーや、全然。それらしい気配も感じんな」

『そうですか……』


********


 アザト・クローツェは、画面越しのギザナリアの報告に思慮を深めていた。


(……これだけの長行軍、どこかでアクションをかけてきてもおかしくないと思っていましたが……)


 警戒していたのは、例の殺人怪人だ。ギザナリアには、それとなく気にしてもらうように、声をかけていた。

 だが、肩透かしもいいところ。日本を半周しても、まったく現れた様子はないらしい。


「……まあ、引き続き、面倒見るのお願いしますね」

『わかった』


 通話はそこで途切れ、アザト・クローツェは仮面を外す。


「やっぱり、徒歩市圏内なのか……」


 奴によって殺された3人は、いずれも徒歩市から、せいぜい離れていても街一つくらい。近くまでなら、車で移動するのに1時間程度の距離だ。


「犯人は、徒歩市を拠点にしているんですかね」


 ――――――あるいは、徒歩市近辺から出られない理由があるのか。いずれにせよ、

こんだけ好き勝手彼女たちにやらせておいて、何も起こらない、というのは、そういうことなのだろう。帰って来た時の警戒だけは、きちんとしなければ。


「……ねえ、おじさん」

「ん?」


 考え事をしている安里の元に、姪っ子の夢依がやってきた。いろいろな色の液体に身体が塗れているのは、彼女のフードにくっついている『ルノワール』が原因である。


「おじさんが行かなかった理由、私わかるよ」

「おや、なんでですか?」

「単純に行きたくなかったんでしょ?」

「そりゃあ、愛さんに事務所を任せて遠出なんて、できるわけもないですしねえ」

「そうじゃなくてさ」


 夢依はDCSのチャンネル動画の、企画用の地図を指さす。


「沖縄もルートに入ってるから、行きたくなかっただけでしょ?」


 沖縄県古宇利島には、安里修一の母方の実家がある。別に嫌われているわけでもないのだが、安里修一という男は、この母方の実家が、なんとなく苦手であった。特に、オバーが大の苦手なのだ。


「……さてね、どうでしょうね」

「オバーちゃんの家、もっかい泊まりたかったなー」

「馬鹿言ってんじゃないですよ。あなただって、学校あるでしょうに」


 そんな軽口を言い合う叔父と姪の2人。


だが、その2人のいる場所は。


 巨大な黒い影に赤い眼光が見下ろす、切り刻まれた怪人たちの死骸の上だった。

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