11-Ⅸ ~中継地:新潟~
「……あいつ、また変なことに巻き込まれてんのな」
「え?」
桜花院女子高にて、愛は同級生のエイミーに動画を見せられる。安里が運営している、DCSのチャンネルの動画だ。
『ねえちょっと、これどれくらい辛いか、先に食べて教えてよ?』
『あ? ……美味いなこれ、確かに辛いけど』
『そ、そう? じゃあ、いただきまーす……ぎゃあああああああああああああああああっ!!』
テンションの高い女の子が、激辛チャーハンを食べてもだえ苦しんでいる動画。もがき苦しむ動きに合わせてロックな音楽が流れているのは、安里のいたずら心だろう。
「……これ、先に食べてるの、
「そうだね。……蓮さん、辛いの、得意だから」
もともと痛みなどにはすこぶる強い蓮にとって、「痛覚」である辛味もなんのそのであった。ほかの人が涙を流し、翌日トイレでも悲鳴を上げるようなものでも、蓮の強靭な身体の内側では屁でもない。
DCSの動画の主たる内容は、車の中での雑談と、行く先々での企画だ。そして、メインイベントである、かつての仲間との再会がある。
「楽しそうだな。女の子に囲まれてさ」
「そ、そうかな?」
エイミーが冗談交じりに言った言葉に、愛は少しドキリとする。
なんでも、一緒に旅しているのは蓮の幼馴染というではないか。長い間一緒にいて、一度離れた距離が縮まっていくことも、なくはないだろう。
(……い、いやいや、だから何だってのよ?)
もやっとした感情を振り払うように、ぶんぶんと首を横に振る。突然の奇行に、エイミーは目を丸くした。
「……おい、どした?」
「何でもないっ!」
「そ、そう。そういや、アイツはいつ帰ってくるんだ?」
「知らない!」
そう言い、愛は竹刀袋とカバンをつかむと、教室からさっさと出て行ってしまった。
「……なんだ、ありゃあ」
「ばっちり意識してるよね。立花さん」
エイミーに、同じ教室にいた女生徒が話しかける。以前は凶暴さが垣間見えて距離があったエイミーだったが、文化祭のおかげか、多少は距離が縮まっていた。
「やっぱり、私が抜け駆けしたのが悪かったかな……」
「いや、あれはあれでよかったと思うよ? 立花さんがもしやってたら、どうなってたか……」
文化祭で、綴編高校の生徒に告白する、という罰ゲームにより、危うく蓮に告白する羽目になった愛は、間違いなく蓮の事を意識しているだろう。
「にしても、アイドルかあ。立花さん、相手が悪いんじゃない?」
「そうとも限らんぞ。蓮は、アイドル嫌いだし」
「そうなの?」
ごく一部のアイドルへの対応を思い返しながら、エイミーはつぶやく。本当にごく一部だけであり、他に対しては割と普通であることを、彼女は知らなかった。
「そうなんだ! じゃあ、脈あり?」
「……ありだな」
「「「きゃーーーーーーーっ!」」」
エイミーの言葉に色めき立ち、はしゃぐ女子たちの声を。
(……人の話だからって好き勝手言って、もう!)
霊力で聴力強化していた愛は、校舎の外からばっちり聞いていた。
「……わざわざ聞き耳なんぞ立てなくてもいいだろうに」
「だって、気になるんです!」
「そ、そうか……」
竹刀袋から現れる幽霊、霧崎夜道も、弟子の霊力の使い方に呆れるしかない。現代のおなごとは、こんなもんなのだろうか?
「俺にはよくわからんな。若人の色恋沙汰ってのは」
「……夜道さんは、恋人とかいなかったんですか?」
「ん? いたぞ。女房がな」
あっさりという夜道に、愛は呆気に取られた。
「……え!?」
「まー、早くに死に別れたから、一緒だった時間の方が短いがなあ」
「そ、そうなんですか……」
なんだろう、夜道は普段はのんべんだらりとしているのだが、妻帯者と聞いた途端に、急に年齢相応の深みを感じる。というか、この話題だからだろうか?
「……お見合いとか、だったんですか?」
「まー、周りに薦められての縁談ではあったな」
「そうなんだ……」
「……俺みたいなジジイの話はいいだろう。生きとるお前さんの話の方が大事だ」
適当にはぐらかすと、夜道は竹刀の中に引っ込んでしまう。
(……言うだけ言って引っ込んじゃった)
話相手のいなくなってしまった愛は、なんとなく近くの電柱にもたれかかる。そして、スマホを開くと、先ほどの動画を見やった。
おそらく麻子の隠し撮りであろう、カメラで撮影している蓮を撮影しているショート動画が上がっている。
『
『イケイケな若者な感じする』
『激辛強い系男子なの、なんか雰囲気でわかる』
などと、思い思いの評価がされていた。
それらに対し、どことなくもやっとするのは、なんでなんだろう。
そんな自分の気持ちを振り払って、愛は帰路につく。
その足取りは、心なしかちょっと早足だった。
********
再スカウトの旅をしていると、なんだか妙に人が集まってくるようになった。
「あの、DCSの皆さんですよね!?」
「応援してます!」
「動画見てます!」
そう言ってくれる人が、ちょくちょくと現れるようになったのだ。
「ありがとうございます!」
「頑張ってくださいね!」
そんなやりとりをする香苗たちを、蓮と麻子は遠巻きに眺めていた。まあ、それだけなら特に問題はないのだが。
「……蓮ちゃん、ですよね? カメラやってる」
「え? 俺?」
新潟駅から少し北上したあたりにある、駅前のバスセンターのカレーが名物だというから食べていたら、高速バスから降りてきた女性に声をかけられたのだ。
「やっぱり! そうだよ、ちらちら映ってるもん、そのとげとげの髪!」
「……え?」
「動画見てます! ファンです!」
「え、あっ……どうも」
求められた握手に応えながら、蓮は首をかしげる。なんで自分が握手してんだ?
「頑張ってくださいね!」
「はあ、どうも……」
「新潟だと、たれかつ丼が美味しいですよ! この先の橋を渡った近くにあるので、よかったら食べて行ってください!」
そう言って女性は去っていく。……あくまでスカウトの旅であって、グルメ旅じゃないんだけどな。
「モテモテだね、蓮ちゃん」
「……お前何食ってんの?」
「からあげ丼。そば屋混んでるんだもん」
バスセンターのカレーは、実はカレー屋で出しているものではない。立ち食いそばのお店が、ついでで出しているカレーがなぜか有名になってしまったものである。なんでも、カレールゥにそばつゆを使っているのだとか。
有名らしいそば屋には連日長蛇の列ができていた。麻子は、そんなそば屋の隣にある丼ぶり飯屋の方がお気に召したらしい。まあ、一番体力使ってるだろうし……。
「つーかそんなにでっけえもん、よく食えるよなあ。
「別にいいでしょ……」
そうはいっても。見てるこっちが胃もたれするくらいのデカさのからあげを、40手前のおばさんがひょいひょい食べるのを、普通だなあ、とは口が裂けても言えない。フードファイターじゃないんだから。
(……そういや、さっきたれかつ丼って言ってたっけ)
さっきの女の人の話と、麻子が食べているからあげの、衣をかみ砕く心地よい音が、不思議と蓮の胃袋を刺激した。
「……ちょっと橋、渡ってみっか」
結局この後、たれかつ丼もごちそうになった。
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