11-Ⅶ ~日本全国、再スカウトの旅~
ニューヒロイン・プロジェクトのメンバーの元へ行くのだけでも、一苦労であった。何せ、日本全国から、個性ある少女たちを集めていたのだから。
IBITSを退所した面々は、ほとんどが実家に帰ってしまっていた。それをスカウトしに行くとなると、当然向こうに出向く必要がある。
「全国ツアーもまだなのに、日本縦断するなんてね……」
「お前が言い出したんだろーが。巻き込まれる俺の身にもなれよ……」
車の中で、蓮は京華に悪態をつく。
この度、参加するメンバーは、DCS+蓮、そして同行者がもう一人。
「蓮ちゃん、ところで、なんで私までいるわけ?」
「しょうがねーだろ、ガキだけでこんなこと、できるわけねえじゃん」
急遽保護者役として連れてこられた、内藤麻子である。
路場たちは企画を立てるのもあるが、何より彼らが出向くとかえってスカウトが難航しそうだったのだ。なにせ、大人が原因でニューヒロイン・プロジェクトは崩壊している。
かといって、高校生だけで日本縦断となると、それはそれで問題視される。未成年だけでそんなこと、本人が良くても保護者が許さなかった。
「で、こいつらと面識あるの、麻子くらいしかいなかったんだよ」
「……私も
「悪かったって! 今度、埋め合わせすっから」
蓮の言葉に、麻子は溜め息をつくほかない。
「あと、気になってるんだけどさ。……なんでカメラ持ってるわけ?」
麻子が気になるのは、助手席にいる蓮の手に構えられたビデオカメラであった。使い方がわからないのか、蓮は説明書とにらめっこしている。
「ああ、これな……」
出発前に、安里が蓮に手渡してきたのだ。おそらく買ってきてそのままだったのか、箱ごと。
「カメラ?」
「これで彼女たちの様子を撮ってあげてください。それで動画作るので」
「動画ぁ?」
「今日び、テレビに出るだけがアイドルではないですからね。使えるものは使っていきましょう。ということで、カメラマンをお願いします」
そんなわけで、もたもたとカメラを準備しているのだが、機械に詳しくない蓮は、どうにもうまくいかない。
業を煮やしたのは、京華だった。
「もーう! せっかくカメラとかあるのに、まだ準備できないの!?」
「うるせーな、ちょっと待ってろって」
「……ほら、ちょっと貸して」
伸ばされたアザミの手にしぶしぶカメラを渡すと、彼女はてきぱきとカメラの準備を始める。蓮が5分経ってもできなかった録画が、たった5秒で始まった。
「おおー! アザミちゃん、すごい!」
「……うち、ビデオとか、よく撮ってるから」
「へえ。趣味か?」
「昔はお父さんが撮ってたんだけどね。今は私がやってるんだよ」
「撮ってるって、どんなの撮ってるの?」
「そりゃ、弟の七五三とか……運動会とか、家族でピクニックに行ったときとか、学芸会で、木の役やってるところとか?」
「……今時木の役とかあんのかよ」
「木って言ってもあれだよ? 木の精霊的な奴。で、あとほかには……」
おっと、これは? 蓮は嫌な予感がした。
案の定、久留米アザミは語り始めた。自分の弟の事を。別に頼んでもいないのに、生まれた時くらいの話から。
(……そーいや、弟が反抗期になったって言ってたっけ……)
反抗期ゆえのものか、それともこれのせいで反抗期になったのか。アザミの弟への熱意は半端ないものだった。
とはいえ、同じ弟を持つ身として、蓮も気持ちはわからなくもない。特に蓮の弟の翔は自分と違って出来がいいので、自慢したくなる時も多少はある。
「それでさ、架空請求のサイトに入っちゃったときなんて、泣いて私のところに駆け込んできて、ホント困ったよね……」
(そんなことまでバラしてやるなよ……)
世にいうブラコンという奴であるアザミのトークに、車の中は何とも言えない空気になっていくのだった。
********
「ほーう、これは意外でしたねえ。クール担当の彼女に、こんな一面があったとは」
動画を見やっていた安里は、探偵事務所でコーヒーを飲みながら悦に浸っていた。
「……あれ? 動画、もう来たんですか?」
「ん?」
おやつを用意していた立花愛が、怪訝な表情をする。
だって、出発したのは、ほんの30分くらい前のはずだ。
「ああ、蓮さんに渡したカメラですか? あれ、ダミーですよ」
「ダミー?」
「どうせ車の中なんだし、ぐっだぐだの素の方が面白いでしょ。変にカメラとかあると、かしこまっちゃいますから」
「え、じゃあ?」
「本命のカメラは、別に用意してるんです」
********
「ちょっと、ちょっと。ギザナリアさん、こちらへ」
「ん?」
出発前、安里に怪人名で呼ばれた麻子は、怪訝な顔で彼の元へと赴いた。
「……なんだ、アザト・クローツェ」
「いやあ、今回はすいませんねえ。代わりと言っては何ですが、今度の返済分は利息だけで結構ですよ」
「……ふん。貴様のためじゃない。あくまで蓮ちゃんの頼みだ」
姿は内藤麻子だが、中身はニーナ・ゾル・ギザナリアとして、彼女は答えた。
「……で、ついでで悪いんですけど。これ、運転席に仕込んでもらえます?」
「何?」
手渡されたのは、小さく、黒いチップである。
「仕込むって、なんだこれ?」
「隠しカメラです。DCSの皆さんの旅の様子を、このカメラで撮ってネットに上げようかと」
「おいおい、いいのか? 盗撮なんて」
「心配いりませんよ。蓮さんにも、話は通してますから」
安里の言葉に、麻子はますます首をかしげた。あの子がそんなこと、許すとは思えないのだが……。
「別のカメラを用意しているので、その辺は問題ないかと。面白ければ、そっち使いますし」
「つまりは、隠し撮り兼保険ってことか?」
「そんなとこですね」
実際のところ、車の中をリアルタイムで把握するためのものでもあるのだが。まあ、それくらいなら特に問題はないだろう。
「……わかった」
「後、車から出る時は一番後ろを歩いてください。これ持って」
そう言って手渡してきたスマホは、現在麻子の作業着の胸ポケットの中である。
(……用意周到なことだ、まったく)
おそらく、徹底的にこの子たちをいじり倒すつもりなのだろう。そのために、自分の「目」をこうして自分に仕込ませているのだから。
案の定、彼女たちは「今のトークはさすがに使えないよね……」などと言いながら、カメラでデータを消している。
――――――残念だったな。もう、手遅れだよ。
同乗者に同情しつつ、麻子の運転する車は高速道路へと入っていった。
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