11-Ⅵ ~被害者における「謎」~

「……脅迫状……そんなことがあったなんて……」

「ま、そういうこったな」


 おやつのチョコを食べながら、蓮は脅迫状についての話を終えていた。さっきまでふざけていたDCSの3人も、さすがに神妙な面持ちになっている。


「テレビとかの仕事がなかったのも……」

「お前らが目立つと、そいつを刺激しそうだったからな」

「雑誌の取材とか、そんなんばっかりだったのも」

「かといって仕事させないわけにもいかねえし」

「私に彼氏ができないのも……!?」

「それはお前の落ち度だろ」


 京華の頭に、どこから用意したのかアザミのハリセンが炸裂する。結構ショッキングな話をしたはずなのに、大した胆力だ。


「……この流れでボケられるんなら、お前は大丈夫そうだな」

「うん! 腹くくったよ! こうなったら、脅迫だろうが殺人犯だろうが、どんと来いや! ぶっ飛ばしてやるから!」

「いや、だからそれをずっと紅羽くんが護衛してくれてたって話でしょ?」

「……ま、俺がいた時、そいつは全然動かなかったんだけどな」

「……その、犯人っていうのが……?」


 香苗だけが、他2人とは表情が異なる。彼女は犯人であろう怪人の姿を、はっきりと見ているからだろう。


「おそらく、アイツだろうな」

「……あんな、バケモノが……? なんで?」

「それは今調べてる最中だよ。でも……例の、幼稚園に来たアイドルが関係してるんじゃねえかって、俺らは見てる」

「あの人が?」


 さすがに、静歌が自殺したことは伝えなかったが、関連していることだけは伝えた。


「……まあ、ここまでが俺が知ってる全部だ。あとは、安里が知ってることもあるだろうが」

「……そっか……」

「どうする? やめるか? アイドル」


 香苗の前に現れたこともあるが、相手はそもそも怪人だ。命を狙わない保証などどこにもない。間違いなく、事態は悪化している。


「……やめないよ。もう、決めたもの」


 だが、香苗の意思は固かった。


「それに、蓮ちゃんが守ってくれるんでしょ?」


 笑みすら浮かべている表情に、蓮は頭を掻いてしまう。


(……ちょっと、強くなり過ぎじゃねえの? コイツ)


 確かに、蓮が強くなるように殴り方を教えたり思いっきり体動かさせたりしたのだが。精神的に不安定だった反動か、再会した時より随分と逞しくなっちまった。


「……ベストは尽くす。安心しとけ」


 そんな風に言われたら、こう返すしかないじゃないか。


********


「はっはっは。してやられましたねえ」


 香苗の返しを聞いた安里は、大爆笑していた。


「笑い事じゃねえよ。アイツ、余計にプレッシャーかけてきやがった」


 引っ越し作業を一通り終えた蓮は、探偵事務所に戻ってきていた。何個も段ボールを運ぶ羽目になり、さすがに腕と肩が少し張っている。


「こうなったら一刻も早く、犯人捕まえないといけないですねえ」

「……つっても、どーやって捕まえっか」


 瞬間移動する怪人となると、ただ捕まえるだけではどうにもならない。アメリカで出会った怪盗Hがいい例だが、捕まえたと思ったらすんなりどっか行った、とかざらである。


 こういう奴を捕まえるためには、方法は一つしかない。逃げようという心をへし折ることだ。つまりは、逃げたところでどうにもならない、と思わせないとならない。


 そのためには。


「……徹底的に暴く必要がありますねえ」

「……だな」


 あらゆる謎を暴き、犯人の心をバッキバキにたたき折る。そうするしかない。


「僕の方がわかってるのは、その怪人は旧日本軍出身のバケモノですってことですかねえ」

「旧日本軍?」

「なんとびっくり、第二次世界大戦の生き残りですよ。蓮さんのひいおじいさんくらいでしょうかねえ」


 戦争の話とか、学校でやってそうですよね。安里はそう言って笑っているが、実際のところ犯人の直接的なヒントにはこれっぽっちもならない。


「……あとは、瞬間移動の法則性とか、いろいろ調べることはありますねえ」

「なんにせよそっちは、お前に任せるしかねえよ」


 こっちは、香苗たちの護衛で忙しいのだ。


「……あ、そうだ。一つだけ、気になることを共有しておきましょう」


 思いついた安里は、3枚の写真を机に広げる。それぞれ殺された、大金田、軽井沢、帯刀の写真だ。


「なんだ、このおっさんどもがどうかしたのか?」

「この中で、仲間はずれが一人います。誰でしょう?」

「仲間外れ?」


 そうはいっても、蓮にとってはこの3人は、アイドルにちょっかい出すスケベオヤジ、位にしかイメージがない。


「……一人だけスケベじゃないとか?」

「なわけないでしょ。3人とも、立派にド変態ですよ」


 帯刀の「自分のケツをなめさせる」もそうだが、他2人もひどいものだ。大金田は全裸で自分の曲を歌い踊らせ、軽井沢は息子の妻で飽き足らず、こっそり彼氏持ちのアイドルを特に目をつけて、寝取っていたらしい。どいつもこいつもひどいもんだ。


「じゃあ、何なんだよ?」

「端的に言えば、帯刀さんですよ。彼は変態ですが、日野静歌とは一切の関わりもない方です」

「……ああ……」


 考えてみれば不思議な話だ。日野静香が関連しているのであれば、過去の怨恨というものがある。10年もあれば、下調べも十分にできよう。

 だが、帯刀の殺人は、あまりにもピンポイントが過ぎる。あんな、香苗の貞操のピンチに、タイミングよく颯爽と現れるものだろうか?


「――――――僕は、そっちも含めて探りを入れてみます。それに、瞬間移動のタネも調べとかないと、捕まえるもへったくれもない」


 安里はうーん、と身体を伸ばす。


「香苗さんたちの今後の予定は?」

「……スカウトだよ。アイツら直々にな」


 蓮はそういい、ため息をついた。

 今度の香苗たちのお仕事は、ニューヒロイン・プロジェクトの再結集である。

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