11-Ⅴ ~語られる真相(なお、内容は省略)~

「――――――お前ら、ちょっといいか」


 事務所の設置、もとい片付けが終わり、一息ついたころに、蓮は3人に声をかけた。


「何?」

「ちょっと話がある。大事な話だ」


 大事な話、と言われ、3人は真剣な目つきになる。蓮が冗談を言うような性格の男でないことは、短い付き合いではあるがわかっていた。


「……どういう話?」

「ネタバラシだな、平たく言えばよ」

「ネタバラシ?」


 近くにあった椅子に座ると、蓮はじろりと3人を見た。


「お前らがIBITSにいる時にあった、裏での話だよ」


 IBITS、と聞いた3人の方がピクリと震える。だが、目をそらしたりはない。これなら大丈夫だろう。


「――――――事の始まりは、俺がIBITSに来るきっかけだったわけだけど――――――」


********


『本当に、話すんですか!?』

「おう。そのつもり」


 スマホ越しに、路場の驚いた声が蓮の鼓膜を刺激する。

 彼と、スタンドアップ・プロの代表である永井は、揃いも揃って別行動をとっていた。彼らが現在いるのは徒歩とある市の法務局。目的はもちろん、法人登記の手続きだ。


『し、しかし……!』

「今のアイツらなら大丈夫だと思うんだよな。それくらいでへこたれるような奴らじゃねえよ」

『そ、そうでしょうか……』


 法務局で通話する路場は、左の頬を押さえる。スタンドアップを立ち上げる時に、香苗に思いっきりぶん殴られたときの感触は、いまだに残っていた。


 路場ろば浩二こうじという男は、幼いころから誰にも殴られたことがなかった。

父は自分と同じく、サラリーマン。生まれて物心ついた時には管理職を任されており、収入もそれなり。母も専業主婦でやっていけるほどに、家計を支えていた。

小、中学校も成績は優秀。高校も進学校で、大学は旧帝大ではないものの国立大学に一発合格。IBITSという大手芸能事務所に就職が決まり、両親の憂いは結婚だけ、というところだった。誰かに殴られる、罵られるというのは、思いつく限りはない。

それがまさか人生で初めて殴られたのが、年下の女の子とは。まったく人生とはわからないものである。


 そして、殴ってきた相手も、あの香苗であるということも、路場にとっては到底信じられなかった。


「――――――夢咲香苗さん、ですか?」


 IBITSの養成所で、彼女は一人レッスンをこなしていた。ほかの同期が次々とデビューする中、彼女だけが残っていた。

 理由を言えば、彼女に非はない。ただ、事務所の営業方針として、彼女よりほかの候補生の方がふさわしかっただけの事。ただ、それでも香苗の自信を喪わせるには十分すぎる。


「アイドル……デビュー? 本当ですか!?」

「はい」

「……ありがとうございます!」


 彼女が、自分に「デビューができる」と言われたとき、はじめて見せた笑顔。それは、涙とともにあふれ出た、満面の笑顔だった。


(――――――ああ、この笑顔は、ファンを元気づけられる)


 そう確信して、路場は彼女をニューヒロイン・プロジェクトに参加させたのだ。


 だが、その後はASHの台頭や脅迫状の事件などで、DCSは一向にデビューできなかった。


「夢咲さん、すみません。まだ、デビューは……」

「……しょうがないですよ、いろいろ、タイミングとか大事だと思うし……」


 謝る路場にも、香苗は静かに笑っていた。その笑顔は、初めて見た時から、少しだけ、暗いように見えて、路場の胸を痛めていた。


(……そんな、夢咲さんが、まさか……)


 自分を殴る――――――というか、行動に起こす事に、路場は驚いたのだ。そして彼女の起こしたアクションが、京華やアザミといったほかのメンバーも動かしてくれた。

 結果としてスタンドアップ・プロダクションは動き出すことができた。もし、香苗が動いてくれなかったら、きっとこのように法人登記することもなく、事業もできなかったろう。


 ――――――本当に、彼女のおかげだ。


 一瞬の間で随分と長い感慨に浸っていると、ラインに動画が送られてきた。蓮から送られてきた動画は、ほんの10秒くらいのものである。


『アザミちゃん、足取って!』

『これでいい?』

『うん』

『へへへへ、かなっち! 手をあげな!』


 机を組み立てている香苗たちと、電動ドライバーを銃に見立てて向けている京華の姿だった。


『きゃー! 命だけはお助けください!』

『両手を後ろに、ひざまずけー! 持ってるお菓子をもらおうか! チョコがいいな!』

『馬鹿なことやってないで、ネジ締めてよ。電ドラ持ってるの、京華だけなんだから』

『あっ、はい』 


 3人が笑いながら、だらだらと机を組み立てている。


『……どう思うよ』

「――――――そうですね、今の香苗さんたちになら、話してもよいかと」

『わかった。じゃあ、俺から話しとくわ』

「お願いします」


 蓮との通話は、そこで途切れた。


 これ以上、香苗たちに隠し事をしたくなかった。仕事であったとはいえ、真剣にぶつかってくれているあの子たちに申し訳ない。

 だから、自分はIBITS大手をやめたのだ。


 であるならば、当然。


脅迫状について隠していることも、彼女たちに対する礼節にかけるだろう。


「……路場くん、気分よさそうね?」

「そうでしょうか?」


 手続きにつぐ手続きですっかりげんなりしている永井が、恨めし気に路場を見ている。路場は困ったように笑うしかなった。


 法人登記が終わるのは、もう少しかかりそうだ。

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