11-Ⅳ ~新事務所・準備中~
「いやー、可愛かったね、昨日の子供たち!」
昨日一緒に撮影した写真を見ながら、京華はニマニマしていた。
「知らなかったなあ。私、子供好きだったんだ……」
「なんだか私、弟のこと思い出したよ。今じゃ生意気なクソガキだけど、あんな時期もあったんだよね」
同じくアザミも、幼稚園でのライブは満足いく結果だったようである。
「よかった、二人とも楽しんでくれて……私のわがままみたいなものだから、どう思うか心配だったんだけど」
「何言ってんの! 幼稚園に恩返しなんてイイじゃん。今度私の出た幼稚園でもやろうよ?」
「それ、いいね。地域貢献みたいな感じで。私のトコも営業かけてみよっか」
今回の幼稚園ライブ、言い出しっぺは言うまでもなく香苗だ。「あの時のアイドルのお姉さんみたいなことがしたい」とのことで。
それを路場に告げ、路場からいぬかい幼稚園に連絡を取っての、昨日のライブだった。
「いやあ、プロデューサーもやるねえ。しっかりオーダーに応えてくれちゃってさ」
「私たちの希望優先だからね。やっぱり、大手じゃないと小回りが利くんでしょ」
「そういうものなのかな?」
そんなことを3人
両手に段ボールを抱えて足で扉を開けたのは、不機嫌そうな顔をしている紅羽蓮だった。
「……お前ら、手伝えよ!」
段ボールの中に入っているのは、簡単に立てられる机セット。そのほかにも、ライトスタンドや小さい引き出しなどの事務用品セット。ホームセンターやロ●トを回って買ってきたのだ。
スタンドアップ・プロは新しくできたばかりであり、なんだったら事業の準備
すら今やっている最中である。なので、彼女たちの幼稚園ライブは、厳密にはお仕事ではなく、ただのボランティアだったりする。
特に、スタンドアップは法人登録という起業の手段を取る方針だ。これはつまり、株式だったり合同だったりといった会社とする、ということである。そのためには法人登記をする必要があるのだが、それにあたり事務所の所在地が必要になる。
そのため、現在いるこの部屋を事務所とするため、設備を導入している真っ最中であった。
「あの、そういうことは先にやっておきましょうね」
代表である永井たちに、にこやかな笑顔で安里は言い、このスペースを貸し出した。なんと、安里探偵事務所のあるビルの隣のビルだ。
「いやあ、ちょうどテナント空いてたんで、よかったですよ」
「つーか、隣のビルもお前のだったんかい」
そこそこに付き合いも長いが、蓮もそれは知らなかった。
そんなわけで、仲介もない、貸主と借主の直接賃貸契約のうえ、家賃も当分は格安に。起業したばかりで、お金がなかったのだ。
「仲介だと手数料もかかっちゃいますからね。こっちの方がいいでしょ?」
いつ作ったのか、賃貸借契約書まで用意していた。ちなみに、この契約書に署名捺印している宅建士の名前は、「朱部純」である。宅建士こと宅地建物取引士は、確か国家資格のはずだが……。
「……お前、そんな資格取ってたのか?」
「あると便利な資格だからね」
事務作業でキーボードをたたきながら、朱部は表情一つ変えずに言う。
「暇なら、事務所づくりでも手伝ってきたらどうです? ネット回線の契約とかは任せればいいでしょうけど、備品の設置とか力仕事は得意でしょ」
安里にそう言われ、半ば追い出される形で事務所の手伝いに行かされていた。備品を部屋に運ぶのだが、結構な量の段ボールをほぼ一人で運んでいる。
香苗たちは、ご覧の通り事務所になる予定のスペース内で、おしゃべりの真っ最中である。一応、「運ばれた備品の設置」という役目を持ってはいるのだが、この3人、最初の椅子くらいしか組み立てていなかった。
ビルの外にはまだまだ大量の段ボール。これまた困るのが、この部屋があるのは5階の角部屋であるということ。おまけにこのビルのエレベーターから、正反対の位置にあった。別に重くてしんどいわけではないのだが、ただただ面倒くさいのだ。
「今からパソコン持ってくっから、机くらい組み立てとけよな」
「わかった、わかった」
ほんとにわかってんのかこいつら。アザミの軽い返事に多少の不安は残るが、特に何も言わずに蓮は事務所(仮)を出る。
「こき使われてますねえ」
「……失せろ、邪魔だ貧弱モヤシ」
面白そうに笑っている安里を見て、蓮のテンションはさらに下がる。こいつなんかより、こいつの姪っ子の小学生の方がまだ役に立つくらいだ。
「せっかく差し入れに来てあげたのに、その言い方はないでしょう」
安里はにこやかに笑うと、スポーツドリンクを差し出してくる。蓮は黙って受け取ると、ペットボトルの半分ほどを一気に飲み干した。
「……例の怪人ですがね、早めに決着つけたいところですね」
「あ? なんで」
「ちょっと厄介なことになりそうなんです。カーネル
「カーネル……」
カーネル36、と聞いて、蓮は眉をひそめた。木星でのカーネルとの戦いは、彼の記憶にも残っている。
「アイツらが関わってんのか?」
「厳密には関わろうとしている、ですね」
彼らが調べた怪人、旧日本軍の遺産、怪人兵「ティンダトロス」。怪人の祖である「オリジン」の系譜であること。安里は荷物運びに向かう連に、そのことを伝える。
「……そんな奴が、なーんで枕営業したやつをぶっ殺すんだよ」
「そこまではまだわかってませんよ。調べるのが仕事ですから」
「……あっそう。俺、こっち忙しいからお前にその辺任すわ」
「それはいいんですけど。蓮さん、これからどうするんです?」
安里の言葉に、蓮は足を止めた。
「香苗さんたちに、伝えるんですか?」
まだ、香苗たちは脅迫状の事を知らない。それが原因で、思うような仕事がもらえなかったことも。
「……そうだな」
段ボールを肩に抱えたながら、蓮はつぶやいた。
「おや、ホントに。冗談で言ったんですけど」
「後にも先にも、ずっと隠しっぱなしにはできねえだろ」
両手がふさがっているので、足でドアを開ける。
「……なに、心配いらねえよ。今のアイツらなら」
そう言って入っていく蓮に、安里はぽかんとしてしまう。
「……あなた、そんな顔できたんですねえ」
めったに見れない表情に、安里はカメラを持ってくればよかったと後悔するばかりだった。
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