11-Ⅲ ~日野静歌との記憶~
「――――――静歌ちゃんは、そうだな、香苗ちゃんと似ていたなあ」
園長室に赴いた蓮は、園長が引き出しから取り出し、差し出して来たアルバムを手に取った。随分前のOGだというのに、探すような素振りは一切ないことから、園長が彼女のいた時の事を詳細に覚えていることが見て取れる。
「歌って踊るのが好きだった。お昼の体育館のステージでは、家内にピアノを弾いてくれとせがんでね。今日みたいに、ピアノの音楽に合わせて踊っていたよ」
「俺らがガキの頃に、いぬかい幼稚園に来たのは?」
「静香ちゃんから連絡があってね。『ぜひ、子供たちと一緒に歌いたい』って言うから。せっかく卒園生が来てくれるというのに、断る理由もないだろう?」
「……正直俺、あの頃の事、なーんも覚えてねえんだよな」
「ははは、そうかね。蓮くんは……ブランコを漕いでいたよ」
「何?」
素っ頓狂なことをいう園長に、蓮は首を傾げた。
********
日野静歌のチャリティーライブはお昼ごろには終わった。そして、何とその後のお昼休みの時間も一緒に遊ぶこととなり、普段見かけない珍しい大人のお姉さんは、幼稚園児に囲まれていた。
「ドッジボールしよ!」
「おままごと!」
「しりとり!」
「鬼ごっこ!」
「あはははは、どうしよっかなー?」
子供が好きだったんだろう。静歌は、困った声をあげながらも笑顔である。嬉しい悲鳴、と言う奴か。
「えーと、じゃあねえ……」
きょろきょろと辺りを見回すと、彼女の目に勢いよく動くブランコが見えた。今にも一回転しそうなブランコの動きに、思わずぎょっとする。
「あ、アレ!」
「ブランコ?」
「そうそう、靴飛ばししよっか! 私、強かったんだよー?」
ぞろぞろと腰下に引っ付く園児たちを引き連れて、静歌はブランコにやってくる。勢いよくブランコを振り回しているのは、同じく園児。赤い、とげとげした髪の男の子だ。
「ねえねえ、ブランコ貸してくれない?」
「え?」
ブランコで一回転できるかに挑戦していた彼は、間近で言われるまで彼女の存在に気づいていなかった。
「お願い、いいかな?」
「……ヤダ! だってまだ一回転できてないもん!」
「もう! 蓮ちゃん、降りて!」
園児集団の中にいた女の子の一人が、蓮ちゃんと呼ばれた男の子をブランコから引っ張る。
「うわ、やめろよぉ!」
「うんしょ、うんしょ!」
それでも、蓮はどかない。
「みんなも手伝って!」
「いいよ!」
そう言うと園児集団の中から一人が飛び出し、うんしょ、うんしょ! と、今度は二人がかりで蓮を引っ張った。
それでも、蓮はどかない。
「やーめーろーよーぉ!」
「「「うんしょ、うんしょ!」」」
それでも、蓮はどかなかった。必死になって、ブランコにしがみついている。
「……なんだか、『大きなかぶ』みたい」
おかしくておかしくて、静歌はお腹を抱えて笑ってしまった。
「何それ?」
「あれ、知らない?」
笑い出すお姉さんが気になったのか、蓮はあっさりブランコから降りる。
首を傾げる蓮の頭を、静歌は優しく撫でた。
「……じゃあ、教えてあげる。みんなも教室に行こっか!」
「「「「はーい!!」」」」
静歌の声に、園児たちの甲高い声が重なった。
********
「……それから、皆で『おおきなかぶ』読んでたね。教室の真ん中で」
「そんな事してたっけか……?」
園長の話を聞いた蓮だったが、全く記憶にない。
「まあ、蓮くんは途中で飽きて、また外で遊んでたけどねえ」
「そうなのか……」
マイペースすぎるだろ。どんだけ飽きっぽいんだ昔の自分は。
「……まあ、そんな感じだったかな。当時はね。……それから、1、2年くらいだったよ」
言葉とともに、園長の顔が一気に暗くなる。
何があったのか、蓮は知っている。知っているからこそ、園長の表情も当然というものだ。
――――――日野静歌は、自殺したのだ。
「飛び降りだったそうだ」
「……そうか」
「何でそんなことになったのかは……私にもわからない」
園長はそう言って、うつむいてしまった。
蓮は、その理由を知っている。枕営業だ。彼女はアイドルとして売れるために、大切なものを売ってしまった。そうして、理想と現実のギャップに耐え切れず――――――。
(……なんてこと、言えるわけねえよなあ)
あくまで蓮は、彼女がどんな女性だったかをここに聞きに来ただけだ。彼女の存在が、香苗を狙っている例の怪人の正体にも繋がるかもしれない。
「……わかった。サンキューな、園長」
「ああ。……いつでも来なさいね」
園長室を出ようとしたところで、蓮は足を止めた。
「あ、そうだ。もう一つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「……アンタ、アイドルって好きか?」
「どうしたんだい急に。……応援はしているけど」
「……あっそう」
蓮は、納得したような、そうでないような。
よくわからない仏頂面のまま、園長室を出ていった。
「オイ、終わったから、帰るぞ……」
教室にいるであろう香苗たちの元にやってきた蓮は、教室のドアを開けると、顔を手で覆った。
「すー……すー……」
子供たちに囲まれて、3人のアイドルたちも一緒にお昼寝中だったのだ。
(……呑気にしやがって!)
事件はかなり深刻なのに。当の本人がこれでは、こっちの気まで緩んじまいそうだ。
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