11-Ⅱ ~ティンダトロス~

「――――――白い毛並み、獣の頸、そして空間移動の怪人か……」

「ええ、何か心当たりありません?」


 安里が会話を交わしているのは、徒歩市における最大の怪人組織、「カーネル36サーティシックス」の頭目である雷霆カーネルだ。豪体で小さく見えるショット・グラスに注がれたウィスキーを飲み干してはいるが、安里にとってそのサイズは一般的なコップに匹敵する。ちなみにストレートだ。見ているこちらが胸焼けしそうなものであるが。


「……心当たり、な。まあ、なくもない」

「おや、本当ですか。ダメもとだったんですが」

「なくもないが……。どうだったかな、少し記憶が朧気だ」


 そう言い、カーネルは目くばせした。安里はやれやれと首を振ると、カーネルのポケットに茶封筒を差しこむ。その中には、ざっと100万円が入っていた。


「ああ、思い出した思い出した」


 差し込まれたのを確認して、カーネルは思い出したかのように話し始める。


「……俺が木星から帰ってから、について調べているのは知っているだろ」

「ええ、まあ。情報収集に協力もしてますしね」

「その中で独自に手に入れたものがある」

「ほう」


 安里はカーネルのポケットに、茶色の封筒を差し込んだ。


「都合よく持っていてな。……これだ」


 カーネルが取り出したのは、一冊のノートだった。


「何ですかコレは?」


 ノートを手に取った安里は、その中をパラパラとめくった。

 古いノートなのだろう。それも、年号が2つも前のものだ。紙の色は褪せ、掠れている文字は、カタカナと漢字で書かれている。


「……旧日本軍の機密文書だ」

「おや、まあ。どんなルートをお使いで?」

「いちいちお前に教える必要はなかろう」


 それもそうですね、と適当に返しながら、安里は文書をまじまじと眺める。


 記録は、旧日本軍の兵器開発に関する文書だった。当時の陸軍の特務機関――――――いわゆる、秘密作戦を実行する部門のもの。


 旧日本軍陸軍は、官衙かんが、学校、陸軍病院という3つのカテゴリに大別され、加えて特務機関というものが存在していた。そして通常、兵器開発は官衙の役割であったはずだ。


 それが、特務機関による文書という事は……。


「当時から既に、後ろめたい、非人道的であるという気持ちはあったんですかね?」

「いつの世も、怪人を生み出すというのは非人道的だろうよ」


 特務機関の兵器は、人工的に兵士を改造し、強化するというものだった。文書に使われている強化兵士のコードネームは……「怪人兵」。


「こんな時代から既に、怪人というのは生まれていたんですねえ」

「ざっと見たところだが、どうやら連中はオリジンと、何かしらの形で接触したらしいな。そして、奴の細胞を手に入れた」

「その細胞を使い、生まれたものが例の怪人だと?」

「……このページを見てみろ」


 カーネルに促されたページには、こういった記述があった。


 1945年8月10日


 第480回怪人兵実験ニテ、遂ニ成功。被検体、”ティンダトロス”トナリ、心身トモニ健常。実戦コソマダデアルガ、機能スレバ米軍ヲモ圧倒スル戦力ニナル事ハ間違イナシ。


――――――祖曰ク、“ティンダトロス”ハ、鋭角ノ中ニ潜ミ、鋭角ヨリ現世ヘト現ルル又首ノ猟犬デアル。


「ティンダトロス、ですか……」

「ああ。もしこんな怪人が実戦で使われていれば、歴史も変わったろうにな」

「使われなかったんですか?」

「日付を見ればわかるだろう」


 なるほど、と安里は納得した。旧日本軍も、何と間の悪いことだろう。戦局を変えることができるかもしれない絶好の力を得た時には、もう戦争を続けることなどできないほどに日本は痛めつけられていた。


「よりにもよって、原爆投下後ですか、成功したのも」

「あくまで現代の話だが、人工的な怪人化の実用には、早くても2ヵ月はかかる。あくまで怪人化させるならすぐだが、そこから怪人としての肉体に馴らす必要があるからな」

「……とても、実戦で使うには間に合わない、と」

「そういう事だ。当時、今ほど設備もないだろうしな」

「……それ以降、怪人の実験については?」


 安里の問いかけに、カーネルは首を横に振る。

 太平洋戦争後、日本軍はGHQによって解散させられた。その際に、様々な機密文書なども処分されたのだろう。詳しいことは、当事者でもない安里には想像するしかないが。


「とはいえ、その、オリジン関係の怪人である可能性が高いという事ですね」

「ああ。個人的には、非常に興味深い。本当にそうであるなら、80年近く息をひそめていたことになるからな」


 同じくオリジンをルーツに持つカーネルとしては、その情報をぜひとも得たいところらしい。なにせ、オリジンそのものも、以前のクレセンタ帝国関連の事件で、現代まで生きていることがわかっている。


「オリジンを手中に収めれば、真の意味で世界征服も夢ではないからな」

「そうですかねえ」


 その構想には、色々とハードルが高そうだ。そう思いつつ口には出さないよう、安里はアイスコーヒーを飲んでいる。


「アザト・クローツェ。もし例の怪人の正体がわかったら、俺に教えろ。場合によっては、こちらも動く」

「……まあ、できる限りの努力はする、とだけ言っときますね」


 安里はそう言うと、お勘定を持って先に席を立つ。


 カーネルは「ふん」と鼻を鳴らすと、ウィスキーのストレートをボトルごと一気に飲み干してしまった。

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