10-ⅩⅩⅩⅩⅡ ~Re:Stand Up!~

 たっぷり路場を叩きのめした3人がやって来たのは、安里探偵事務所だった。


「お帰りなさい、待ってましたよ」


 この安里修一は、本物であって本物でない。夢依たちと一緒にいた安里は、この安里が切り離したもう一人の自分である。大方、蓮たちが来る前に合流していたのだろう。相変わらず、とんでもない能力をくだらないことに使う男だ。


(……つーか、なんで事務所うち?)


 疑問に思っていた蓮の疑問は、さらに深まった。事務所に残っていた愛が、お茶を出していた人物。

 それは、IBITSの事務員であった、永井さんである。束ねていた髪をほどき、眼鏡も書けていないから、印象がだいぶ違うが。


(……蓮さん、あの人たち、仲直りできたの?)

(……まあな)


 小声で話しかけてきた愛に、同じく小声で返す。愛だって探偵事務所の一員。あまり絡んでいないだけで、何が起こっているのか、という情報共有くらいはしている。

 そして、愛は愛なりに、香苗たちの事を心配していたらしい。


(……まあ、あのゴリラも楽しそうにボコられてたから、いいんだろ、あれで)

(楽しそうにボコられるって何?)


 傍から聞いたら誤解を生みかねないやり取りをスルーし、いよいよ本題に入るらしい。


「……まずは、これを」


 永井が、香苗たちに小さい紙を手渡す。その小ささに蓮は見覚えがあった。名刺だ。


『スタンドアップ・プロダクション 代表取締役社長 永井 聡美さとみ


「「「……え、社長!?」」」


 DCSの3人は、揃って永井の顔を見やった。


「……IBITSから、独立してね。もちろん、彼も」


 親指で示す路場は、恥ずかしそうに頭を下げている。


「……ニューヒロイン・プロジェクトの人たちには、申し訳ないことをしたと思う。だから、私たちなりに償いの方法を考えて……結果が、これよ」


 永井は言うなり、彼女たちに向かって手を差し伸べる。


「うちの事務所に来てほしい。あなたたちの力が、私たちには必要だわ」


 3人は、顔を見合わせた。そりゃそうだ。


「私たちを……芸能事務所を、信用できないって言うのは、わかるわ。それを、承知の上で私は、あなたたちを必要としているの」


 そもそも、八百長や枕営業など、事務所への不信からこんなことになってしまったのだから。大手を抜けたからと言って、それがないとは限らない。


「……高島さんは?」


 沈黙の中、口を開いたのはアザミだった。


「高島さんも、いるの? いるんだったら……私は、悪いけど……」


 アザミの問いかけに、永井は首を横に振る。


「あの人はいないわ。というか、連絡も取れないの」


 トカゲのしっぽ切りでIBITSを追われて、それから音沙汰が一切ないらしい。永井曰く、「話をするつもりではあった」らしいが。


「今の社員は、私と路場くんの二人だけよ」

「二人……」


 たった二人の芸能事務所に、新しい自分の芸能人生を預けるのか。

 この二人に、それだけの価値はあるのか……?


「……そして、あなたたちのための企画を、見てもらったわけだけど」

「……これですよね?」


 香苗が取り出した資料は、以前蓮が置いていったものだ。蓮も実際のところ、詳しい内容は知らない。


「ニューヒロイン・プロジェクトメンバーを全員集めて、復活ライブ……ですか」


 いつの間にやら資料を手に取っていた安里が、その内容に目を通している。


「これ、実現するんです? みんな辞めちゃったんでしょ?」

「……話を聞いてくださったのは、皆さんが初めてです」


 想像以上に現実は厳しいようだ。


「特に香苗さんの件が、尾を引いているみたいで……」

「そりゃそうだろうな」


 蓮だって、もし亞里亞が似たような目に遭ったら、そいつをボコボコにするだろうし。


「……だから、私が復帰すれば、皆も話を聞いてくれるってことですか?」

「そういう考えもなくはないわ」


 香苗の問いかけに、永井ははっきりと答えた。


「私としても、ニューヒロイン・プロジェクトのメンバーは貴重なの。IBITSのプロジェクト開発の中でも、特に実力があるメンバーだったからね。彼女たちの才能を、こんなことで埋もれさせてしまうのは惜しいわ」

「……補足させていただきますと、皆さんの活躍の機会をこんなことで失わせてしまい、本当に申し訳なく思っています。なので、償いができればと……」


 永井の言葉に路場が補足する。普通、逆じゃなかろうか。


「償い、ね……」

「もちろん、今までのようなことは一切しません! それは、本当にお約束します!」

 

 路場の必死な表情を見るに、本気なんだろう、と言うのは伝わってくるのだが。


(……微妙、ですね)


 安里が見る限り、DCSの反応は芳しくない。悪い印象を抱いているわけではないのだろうが、かといってこのまま「はいそうですか」というわけにもいかない、という感じだ。

 先程公園で和解はしたものの、それとこれとは話が別である。事務所とは一蓮托生なのだから、信頼ができないといけない。そして、以前の事務所とはいえ、路場たちはそんな信頼を一方的にぶち切っている。


 この状況から彼女たちが動くためには、あと一押し、何かが足りない――――――。


「……少し、いいですか?」


 手をあげたのは、香苗だった。


「夢咲さん? ……どうぞ」

「この企画なんですけど……ちょっと、気になるところがあって」

「気になるところ?」

「例えば、この会場なんですけど、少し大きすぎると思うんです」


 ほかにも、コンセプトやキャッチコピーなどにも、香苗は次々と口を出し始めた。永井や路場の顔が、みるみるうちに曇っていく。


「……うーん……と……」

「今すぐじゃなくてもいいです。……今度また、打ち合わせしましょう」

「……今度?」

「こう言う風に、私たちの意見も聞いてもらえるのなら、私は参加しても良いって思ってます」


 香苗はそう言うと、路場たちに笑いかけた。京華とアザミの方にも、振り返って笑いかける。


「……どうかな、こういう条件じゃ?」

「……うん、自分の意見もちゃんと入れられた方が、一緒に仕事している感じするし」

「いいんじゃない!? 私、ガンガン口出すよ!」

「口だけじゃなくて、アイデアも出しなよ」


 アザミの鋭いツッコミに、京華はペロッと舌を出す。

 事務所全体の雰囲気が、柔らかくなっていた。


「……皆さん、それでは……」

「あくまで私達だけの意思だし、親とかの説得もこれからしないといけないけど……」

「DCSは、スタンドアップ・プロに所属したいです!」

「……み、皆さん……!」


 路場の目から、涙があふれ出る。後ろで、永井も目頭を押さえていた。


「じゃあ、永井さん。手出してください」

「え、手?」


 言われるがままに手を出すと、香苗たち、最後に路場が自分たちの手を上に重ねる。


「……新プロジェクト、頑張りましょう!」

「「「「「お――――――――っ!!!!!」」」」」


 5人円陣を組むと、高らかに叫んだ。


「……ここ、うちの事務所だって忘れてませんかね?」

「忘れてんだろーな」


 盛り上がる5人を見やりながら、蓮と安里は互いを見合わせていた。

 その傍らで。


「うう、ぐすっ、良かった、ねえ……!」


 目の前の光景に感動している愛が、涙を拭っていた。

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