10-Ⅱ ~幼馴染の、夢咲さん。~

 夢咲香苗の家は、蓮の先ほどまで歩いていた住宅街にあった。小さい頃は、よく一緒に遊んだものである。


 ジョンが懐いていたのも無理はない。なにせ、蓮がジョンを拾った時、その現場には香苗も一緒にいたのだ。何なら彼女が最初、ジョンを引き取ると言っていたのだが、家がペット禁止という事でジョンは紅羽家にやって来たのである。

 それから彼女が家の事情で転校するまで、香苗はしょっちゅうジョンの面倒を見に来ていた。それも、もう7年も前の事である。


「……お前、なんでこっちにいるんだよ?」

「帰ってきたんだよ。家も前のマンションだし」


 彼女の家は会社で借りている、借り上げ社宅と言う奴だ。会社の都合で、ポンポンと住む人を入れ替えることができる。便利な反面、会社の監視からは逃げられないという、一種の窮屈さを感じなくもない。


「帰ってきたのは、ついこの間だけどねえ。蓮ちゃん、ずっとこっち?」

「まあな」


 ベンチに座り、ジョンと戯れながら、二人して話している。こうして話すのは、随分と久しぶりだ。


「翔くんと亞里亞ちゃんは元気? あと、おじさんとおばさん」

「おー、親父はアメリカだけどな」

「え、アメリカ!?」

「仕事でな」

「へ、へー。何の仕事やってるんだっけ?」

「え、それは、その……あれだよ、編集」

「あー、そっかー」


 さすがに成年漫画の編集であることは、香苗も知らない。というか、当時は蓮ですら知らなかったのだ。父の仕事の詳細を知ったのは、蓮が高学年の時である。なかなかにショッキングなカミングアウトだった。


「翔も高校行ったし、亞里亞は……まあ、生意気だわな」

「生意気?」

「中3になって、反抗期になりやがった」

「あらー、そうなんだ……」

「こっちにいるんなら顏出せよ。喜ぶから」


 亞里亞と香苗は、確か仲が良かったはずだ。お姉ちゃんみたいなもんで、小さい亞里亞の面倒を、香苗に任せて遊んでいたこともある。当時はクソガキだったので、兄貴失格だとしても仕方ない事であった。


「……つーか、お前こそ今何やってんだ」

「え?」

「こんな時間によ。こんなとこで、何してんだ?」

「あ、あー……あはは……」


 長い髪をくるくるといじりながら、何やらバツが悪いのか、香苗はまごついた。


「あ、あのさ。幼稚園の事、覚えてる?」

「幼稚園?」

「あの時さ、将来の夢って……あったじゃない?」

「将来の……あー、あれか」


 幼稚園でよくありそうな、「将来の夢を絵に描きましょう」というアレだ。印象的だったので、よく覚えている。


「蓮ちゃん、あれで何描いたんだっけ?」

「……その、アレだよ」

「アレ?」

「……っお前は、なんて描いたんだよ」


 無理やり誤魔化した蓮に、香苗はくすくす笑う。


「変わんないねー、恥ずかしいことあると無理やり誤魔化すの」

「うっせえな!」

「……アイドル。私が描いたの」


 香苗の表情が、ふっと大人びた顔になった。

 ……そう言えば、こいつはここで何をしていた? 蓮は、そこからふと、ある答えに思い当たる。


「……お前、まさか……!」

「ま、まだデビューはしてないけどね!? 養成所通ってる、ってだけだし……」

「へえー。……でも、すげえじゃねえの」


 思わず感心してしまう。随分とまあ努力しているもんじゃないか。俺なんかとはえらい違いである。


「でもまあ、いずれテレビに出る、かもしれないんだろ?」

「そりゃ、まあ……そうだけど」

「だったら、すげえじゃん。俺、自慢するわ」

「もう、やめてよ!」


 そんな風に話していると、ジョンが吠える。懐かしい人との再会も済んだ彼は、もう散歩の続きで頭がいっぱいらしい。


「ああ、じゃ俺行くわ」

「うん。じゃあ……またね」

「おう。……あ、そうだ、スマホあるか? 今」


 そう言って、蓮は香苗と、ささっとラインを交換した。


「なんかあったら連絡くれよ」

「……うん」

「じゃあな」


 そう言い、蓮とジョンは、さっさと町の中に消えて行く。


 香苗は、そんな昔と変わらないとげとげ頭の少年を、スマホを握りしめながらずっと見送っていた。

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