10-Ⅰ ~早起きは再会の得~
その日の
「むがっ」
体高80cmはある、アラスカン・マラミュートという大型犬ののしかかり。この重さとモフモフさがないと、蓮は強制的に9時間睡眠コースである。
顔面にのしかかったジョンをどかしながら、蓮はスマホで時間を確認する。なんと、朝の4時半であった。
「はやっ……! お前、はええよ、いくら何でもよぉ」
不服そうに上体を起こすと、ジョンはそのまま蓮の懐へと突っ込んでくる。異様に尻尾を振りながら。
「……ああ、はいはい。そう言う事ね」
この仕草は、たまにある、「散歩連れてけやゴラァ!」という意思表示である。別に普段から散歩に連れて行かないわけでもないのだが、ジョンも蓮と同様、犬の中では身体能力が高いのであった。その有り余る体力を発散させるべく、こうして散歩をせがんでくるのである。
「にしても、もうちっと寝かしてくれたっていいじゃねえかよ」
などとぼやいたところで、ジョンにはそんな物通じるわけがない。なぜならジョンは、この家で一番生活リズムが規則正しいからだ。夜の10時には寝て、朝の4時にはスッキリ起きる。そうして、7時ごろに蓮を起こしに家に入ってくるのだ。人間とは違う。
とりあえず財布とスマホ、1階に降りて散歩用のリードを手に取ると、ほぼ寝間着のジャージ姿で、蓮とジョンは外に出た。まだ空も暗い。やっぱりまだ寝てたかったな、と後悔した矢先、ジョンが凄い力で蓮を引っ張る。
「わかった、わかった」
普通の人なら絶対に引っ張られるであろうが、蓮はそれを平気で御しながら、
ゆっくりと歩き出す。
さすがに、朝4時半は誰もいない。早朝に散歩しているじーさんばーさんすら。信号も機能していない時間帯で、町を歩いているのは蓮とジョンだけだった。
(……こうしてると、町に俺しかいないみたいだなあ)
ただ、そんなときでも、ちらほら車が通る時がある。こういう時に見ていると、むしろ「あいつらこんな時間に何してんだろ?」という気持ちがなくもない。まあ、自分も似たようなもんなのだが。
「ワン!」
ジョンが早く先に行きたいと吠えた。「はいはい」と言いながら、ほとんど誰もいない住宅街を歩いていく。
(……そういや、ちょっと前までは朝に走ってたっけなぁ)
さすがにこんなに朝早くじゃないが、蓮は小さいころ、朝早く起きてはランニングをしていた。最初は危ないからと父が付き、そして父が付いていけなくなった頃にジョンが参加するようになったのだ。……思えば、朝のランニングと散歩を一緒にやっていたせいで、今のジョンの体力があるのかもしれない。
なんてことを考えながら散歩していると、小さい頃、早朝ランニングをやっていた時の景色が、蓮の視界に入ってくる。
当時はジョンのリードを持ってはいたものの、なぜかジョンの先をいつも走っていたような。それに、背も低かったから、建物が随分高く見えたものだが。
(……あれ?)
ふと、いつも来ない道に入り、目に入ってしまったのは、家に貼られた、「売家」の貼り紙。それは、小さいころに近所に住んでいた、馬場さんの家だった。何だったら、家に遊びに行ったこともある。
「……引っ越しちまったのか」
なんだか、昔とは変わってしまうもんだな。そんな、一抹の寂しさを覚えつつ、蓮とジョンは近所を散策していく。
そして、たどり着いたのは、子供の頃によく遊んでいた公園であった。
「うわ、なっつかし!」
思えば、この辺に来ることは、小学校の高学年くらいから全然なかった気がする。弟の
せっかくだし入るか、と思って公園に入ると、妙な人影が見えた。
「ん?」
ちょっと遠巻きで、詳細は分からないが……。どうやら、踊っているらしい。
(ああ、これそっとしといたほうがいい奴だ)
よっぽどでない限り、踊っているところなど人に見られたくないだろう。というか、だからこそこんな時間に踊っているのだろう。まあ、ジジババもあと1時間くらいは公園に来ないだろうしな。
近くに自販機もあるし、飲み物だけ買って公園はスルーするか。そう気を利かせて、蓮は人影から視線を切り、自販機の飲み物に目を向ける。やはり、スポーツドリンクだろうか。そして、財布を取り出すにあたり、リードを持つ手の力を緩めた時――――――。
「……っ!? あ、ジョン!?」
ジョンが、一直線に走り出した。そして、蓮がなんだなんだと視線を人影に向けると――――――。
「――――――きゃああああああああああ―――――――っ!?」
甲高い悲鳴が、公園中に響いた。あの人影は、どうやら女だったらしい。
「……やっべ」
とりあえず飼い主として、止めに行かないわけにも行かない。蓮は慌てて、ジョンの走る方へと走っていった。
そこで、蓮が目にしたのは。
「きゃあああああああああ、や、やめ、やめて……! くすぐったい!」
ジョンに引きずり倒されてべろべろに顔を舐められる、同い年くらいの女性だった。
「……は?」
ジョンは一心不乱に、彼女を舐め回すは顔をぐりぐりするわ、とにかくスキンシップを取っていた。尻尾を、ちぎれんばかりにぶんぶんと振り回して。
「おい、ジョン!」
蓮が強めに言うと、ジョンは蓮の方をちらりと見やった。手招きをすると、すたすたと戻ってくる。どうにも、敵意があって飛びかかったわけではないらしい。
「……あ、あんた、大丈夫か?」
「……ジョン?」
倒れている女性に声をかけるが、彼女が気にしていたのは、ジョンという名前らしい。そして、彼女を見上げる蓮の顔を、まじまじと見やる。
茶色のロングヘアに少しウェーブをかけて、ピンク色のジャージを着ている彼女は、蓮の顔を見て、目を丸くした。
「……え、もしかして……蓮ちゃん?」
「あん?」
蓮ちゃん、という呼び方に、蓮は眉をひそめた。
というか、この女……見覚えがある、ような……。
「私だよ、私! 小学校の時、一緒のクラスだった、
ゆめさき、かなえ……。
「……ああ――――――っ! 香苗か!」
蓮にとって、その名前は忘れようもない。
幼稚園から、小学校の中学年まで、ずっと一緒のクラスだった、いわゆる幼馴染の少女だったのだ。
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