第10話 【アイドル光と闇の行方編:前編】きらきら星と、最強さん。(前編)
10-プロローグ ~きらきら星みたいな夜に~
きらきらひかる
おそらのほしよ。
まばたきしては
みんなをみてる
きらきらひかる
おそらのほしよ。
********
「きらきら星、みたいな空やねえ」
「……何ですか急に」
雲がない夜の空を見上げながら、一組の男女が手すりにもたれかかっている。
男の年齢は女より一回りほど上のように見えた。女は若いが、電子タバコを男の前で堂々と吸っている。
「美味いん? それ。俺、吸ったことないからわからんわ」
「電子タバコをですか?」
「ちゃうわ、タバコ自体吸わんねん。……つーか、お前よぉ」
男は、ちらりと後ろを見た。すぐ後ろにある窓の向こう――――――その景色を、死んだような目で見つめる。
「あんなもん見た後で、よ―タバコなんて吸えるなあ」
「……こんな時だからですよ。吸わないと落ち着かなくて」
「そーいう考えもありか」
「……
「どうって……俺らがいるのが、答えやろ」
水原、と呼ばれた男は、スーツに着けている「怪特」と書かれた腕章をぴんと張った。
「ありゃ、殺しや。怪人による、な」
怪人特課。警視庁から派遣される、怪人による犯罪に特化した部署である。一応世間では秘密の仕事、と言う風になっているらしいが、あまり本人たちは感じたことがない。
そして、怪特の捜査員は、課長代理である水原と、部下である
「……ゆーて、この町、多すぎじゃないですか? 怪人犯罪」
「言うな。俺かてそう思うわ」
ついこの間も、宇宙からやって来た繊維によって怪人化した(本人談)という二人のゲイの調書を取りに、本庁からこの町の警察署に来たばかりだというのに。なんでこんなにポンポンと怪人絡みの事件が起こるのか。
二人がいるのは、とある邸宅だ。徒歩市でも有名な、資産家の豪邸である。近隣に住んでいる人たちの間では、観光名所のようになっている。
そんな邸宅の主が、殺された。現在、その遺体や現場は鑑識によって調べられているが、水原たちが来る前に現場入りしていた刑事たちの、おおよそ半分が気分を害したという。
「……そりゃまあ、身体があちこち食いちぎられていたら、普通の人間の殺人とは思わないですよね」
「野犬の仕業……とは言えんやろ。そりゃ。なんせ、密室の室内やで」
「かといって、物盗りの仕業でもないんでしょ?」
「それらしい痕跡はなかったな、金庫とかは一切触られとらんかったし。金目のものは、正直いくらでもあるが、どれも手つかずや」
「となると、怨恨ですか」
「そうなるが……まあ、なあ」
水原はぼりぼりと頭を掻いた。
被害者の名前は
「いろんなところにパイプがあったそうやからな。太いパイプがなくなって、悪い奴らも大慌てやろ、これが世間に知れたら」
「確かに」
「ま、俺らの専門はホシを探すことや。そーゆーのは専門の部署に任せるとしよか」
水原はそう言ってうーん、と身体を伸ばすと、改めて現場の書斎に入る。
書斎はひどく散らかっており、大量の本が散乱していた。その真ん中に、食いちぎられた首のない死体が転がっている。鑑識としてはすぐにでもどかして検死にまわしたいのだが、水原の要望でそのままになっていた。
「なんかあった? 手がかり」
水原の問いかけに、鑑識は首を横に振る。
「正直、証拠らしいものはなにも」
「……まあ、せやろな」
怪人によっては、遠距離から、文字通り呪い殺すなんてこともできる奴がいるらしい。そんなの、どうやって証明して逮捕すればいいのか。
「兼守、どや?」
「――――――違いますね、これ。「呪い」の類じゃありません」
それを証明できるのが、兼守恵という女である。彼女の家は特殊な退魔師の家らしく、「呪い」というものを可視化できる能力を持っているんだとか。
「やっぱり、直接噛まれてますよ、コレ」
「そうかー……」
兼守の能力は外れだったが、怪人相手の犯罪だとこれも有用なヒントである。つまりは、直接襲うタイプの怪人の仕業、という事だ。これでも、かなり絞ることができるのである。
「成程な、わかった」
「やっぱり、この町の怪人ですかね?」
「どーやろな?」
正直、怪人犯罪の捜査なんてどうしようもないのが殆どだ。手口も何もかも予測不可能な領域を、奴らは平気で犯してくる。それこそ、人間の想像の範疇など、何の役にも立たない。
「ホント、警察でやる仕事やないで、こんなの」
「あ、あの。ご遺体を、回収しても?」
「ああ、どうぞ」
運ばれる遺体を見やりながら、水原は荒れた書斎を見まわした。
(……怨恨、か)
結局、こういう時にカギになるのは、「動機」だ。犯人がどういった怪人で、何を目的として大金田を襲ったのか、それに尽きる。
ただ、普通の怨恨での殺人、と言う事ならば、この事件は迷宮入りするだろう。それほどまでに、大金田の周囲は闇に覆われている。
(こりゃ、いよいよ頼るしかないかのー)
水原は大きくため息をついた。この町には怪人の事件が多い。だからこそか、こういう事件について詳しい奴がいる。
正直、彼らの手を借りるというのは、水原は心底嫌で仕方なかった。
「……先パイ?」
「……お前明日、時間あるか?」
「え?」
げっそりしたような顔の水原に、兼守は首を傾げた。
「どっか行くんですか?」
「ああ、ちょっと……東京23区を回る」
「ええ!?」
兼守がぎょっとしたが、水原は首を横に振った。
こうしないといけないのにも、ちゃんと理由があるものなのだ。
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