9-エピローグ ~罰ゲームの行方は……??~

 その日、蓮の通う綴編高校は、にわかに騒がしかった。いや、普段から騒がしいには騒がしいのだが。

 ただ、蓮が久々に学校に来た時には、いつもと違う騒がしさだったのである。


「死ねおらアアアアアアアア!!」

「逃がすな、ぶっ殺せええええええ!」


 一人を、寄ってたかって集団で叩きのめそうとしている。


(……なんだ、いじめか?)


 蓮は眉をひそめつつ、校門をくぐった。それと同時に、一人の不良を、全員がストンピングしている光景が目に入る。


(……浦島太郎のいじめっ子かよ……)


 ストンピングされてる方も、まるで亀のようにがっちり頭を押さえてうずくまっている。この手の暴力は、普段喧嘩をスルーする蓮にとっても見過ごせないものだった。


「おい、何やってんだおめーらよ」

「「……あ、アニキ!!」」


 蓮の存在に気づいた不良たちが、一斉に踏みつけをやめて姿勢を正す。そして、ピシッとしたおじぎに、「「「「おはようございます!」」」」と声をそろえた。


「おう。で、何やってんだ」

「そ、それは、その……」


 一人が、ちらりと見やる。まだ蹴り始めだったからか、さほどダメージはないらしい。もっと血まみれの時もあるし。この程度なら「なかったこと」にも十分できる。


「……ん?」


 蓮はそこで気づいた。名前まで知っているわけじゃないが、踏まれた方は踏んでいた奴と仲がいいはずだ。というか、同じグループ。

 内輪もめか? こんな朝っぱらに。

 じろりとストンピングしていた連中を見やれば、まるでバツが悪いように口笛を吹いている。そこで蓮は気づいた。


(こいつらは確かにバカだ。だが、理由なく暴力を振るう奴らじゃねえ。特に同じグループの仲間なら猶更だ)


 その理由も「ガン飛ばしてきた」「悪戯してきた」といったくだらない理由ではあるのだが、彼らの中では正当な理由である、と言うのは蓮も理解している。


 そんな彼らが説明できないこと。それは――――――。


(あまりにもみっともなすぎて、誰にも言えねえくらいにしょうもないってことか)


 蓮は溜め息をつくと、倒れている奴を起こしてやる。


「立てるか?」

「あ、……はい」

「よーし。じゃ、とりあえずお前らは教室戻っとけ」

「え、でも」

「い い か ら」


 蓮の圧のある声に、不良たちは慌てて校舎へと入っていった。ぽかんとする残った不良に、蓮はじろりと視線を向ける。


「……どーせ、女だろ?」

「えっ」

「あいつらが言えないくらい恥ずかしいなんてのは、女絡み以外にほぼねえよ」


 自分のグループのメンバーに、彼女ができた。それは、男子校である綴編の不良たちにとってはあまりにも酷すぎる裏切り行為である。まあ、表だって言えるわけもない。それを理由にボコボコにするなど、不良の世界でも格好悪すぎる行為だ。


 蓮もケンカの仲裁をする事は多々あるが、どいつもこいつも「アイツが○○したから!」「こいつが××だから!」と理由を言ってくる(だからと言って許すわけではない)。


「……へ、へへ。実は昨日……」


 照れながらそのことを話す不良に、蓮は「ふーん」と言いながらも、実際ちょっとイラっと来た。


 なるほど、こりゃ確かにボコボコにしたくもなるわ。


********


「……終わっ、た?」


 筋肉痛からようやっと解放された愛は、驚愕の事態を教室にて告げられていた。


「うん、終わった」

「……え、でも、え?」


 その事実に、愛はひどく混乱していた。そんなはずはない。だって、だって、到底、あり得ないことなのだ。

 愛は、教室の奥にいる、一人の女生徒に目をやった。彼女はすっと、愛の視線を切る。


「――――――やっちゃったの!? 告白!」


 愛の叫びに、彼女は顔を真っ赤にして、こくりと頷いた。


********


 事の発端は、文化祭が終わった後。特進科を代表して平等院十華が、勝利宣言を普通科に下した。


「――――――約束通り、罰ゲームを受けてもらいますわよ」

「はいはい、わかったわかった」


 適当に受け答えしたのは、エイミー・クレセンタである。この罰ゲームの代表になるであろう立花愛は、全身筋肉痛で学校を休んでいた。正直、普通科の面々は彼女が紅羽蓮に告白する流れだろうと思っていたので、この件に関しては特に何も思わなかったのだ。

 そもそも、特進科との対決自体が、彼女たちの青春に対する演出だった節もある。仲が良いわけではないのは本当だが、結果として彼女たちは楽しく文化祭に参加できた。それが一番だった。


 なので正直、罰ゲームの告白も、何も本気にするわけではなく、よっぽど嫌がるようなら「しょうがねえな」程度で済ませるつもりだったのだが。

 よりにもよって、本気にしてしまった人物がいたのである。立花愛のほかに。


「……あ、あの……!」


 一人の女子が、手をあげた。クラスでもさほど目立たない、出し物でも裏方に回っていた、おさげ髪の女子である。


「……そ、その罰ゲームなんですけど……!」

「「「「――――――ええええええええ!?」」」」


 震える声で話す彼女の言葉に、その場にいた全員が耳を疑った。


 ――――――そして、その日の夕方。


 桜花院敷地から少し離れたところ、大きな木の下で。

 突如呼び出された綴編の少年が、きょろきょろと周りを見回していると。

 おさげ髪の少女が、そこに立っていた。


「……なんだよ、こんなとこに呼び出して」

「う、うん。ごめんね?」


 もじもじとする少女に、男の方も緊張しているのがわかる。この場で、一体何が起こるのか、大体察したらしい。


 そして、それを校舎から眺めるのは、特進科の女子たち。いや、それだけではなく普通科の女子たちも、皆こぞって窓に集まっていた。


「実は、その。……に、言いたいことがあって」

「い、言いたいこと?」

「そ、その、えっと……」


 顔を赤らめてうつむく少女に、教室にいる全員が心の中で「頑張れ!」と叫んでいた。さすがに、根っこから悪人と言うわけではない。


 少女はその声を受け止めたか知らないが、大きく息を吸った。そして、まっすぐに、たっくんを見つめる。


「……小学校の頃から、ずっと好きでした」


 そう言い、手を差し出した途端、教室に静寂が走る。全員が、固唾をのんで見守っていた。


 少し間をおいてたっくんがその手を取った時、教室の心は一つになり、大歓声が上がった。


********


「なんでもよぉ、そいつ小学校からの幼馴染だったんだけど、小6の頃にグレて以来疎遠になっちまったらしくてな」


 安里探偵事務所で、蓮はソファに寝そべりながら事の顛末を語る。告白された側、つまり「たっくん」サイドの話だ。


「中学も別々になっちまって、どうしてるだろうと思ったところでよ、綴編に通ってるってことを向こうが風の噂で聞いたらしい。……それで、いきなり呼び出されて、どうしたもんだと思ってたら告白だってよ。青春映画もびっくりだろ」

「そうですねえ」


 適当に返事をしながら、安里は蓮とは別の方角を見ていた。


 そこには、魂が抜けたようになっている立花愛の姿がある。


(まあそりゃ、さすがに向こうも罰ゲームに便乗して告白したとは言えないですよね)


 安里の目をもってしてもこの結末は、全く持って予想外だった。と言うか、予想できてたまるかこんなオチ、というのが彼の言い分である。


「アイツ、彼女のために綴編辞めるっつってたけど」

「ああ、退学願来ましたよ。受理しました」

「……そっか」

「彼女さんの家が自営業で良かったですねえ。雇ってもらって、働きながら定時制に通うそうですよ」


 綴編という学校が彼女の足かせになってはいけない。そう言うわけで、彼女ができたから学校をやめる、と言う輩は、実は綴編高校では結構あることだった。例外なのは、彼女も頭パッパラパーの菱潟高校である時くらいか。

 ……ま、妥当だよなあ。と蓮は思う。そう言う奴はまだ「まとも」なのだ。そして学校に残るのは、まともでないどうしようもない連中ばっかりである。自分もその一人だと思うと、一抹の切なさがあった。


「……でよ、なんでアイツは死んでんの?」


 切なさを紛らわすように、蓮は真っ白になっている愛を見て、訝し気にぼやいた。

この男、自分が下手すれば彼女に告白されていたかもしれないという事など、最後まで露も知らなかった。

 まあ、そんなこと言えるわけないんだけど。言ったら絶対怒ったし、碌なことにならないし。


「まあ、その……アレですよ」


 絞り出すように、安里は苦笑いした。


「文化祭っていう一大イベントが終わって、んですよ」

「……そーいうもんかねえ」


 文化祭の熱などすっかり忘れている蓮には愛の胸の内など、到底伝わらなかった。

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