9-ⅩⅩⅩⅩ ~2人の魔女の行く末~
モガミガワにエンヴィート・ファイバーを摘出されたオカマ二人と、蓮は手術後に少しだけ話した。摘出は1日で終わったが、その後の経過もあり、彼らは当分入院生活を余儀なくされるという。
あんなにベタベタしてきやがって。文句の一つも言わないとやっていられなかったのだ。
だが。
「……私たち、自首するわ」
すっぴんの彼らはあまりにもしおらしくなってしまっていて、蓮の方が拍子抜けしてしまうほどだ。
正気に戻ったらしいが、自分のやったことはきっちり覚えているらしい。文化祭の前にも、なかなかの数の人を熔かしてしまったのだそうだ。
「なんてことをしてしまったのかしらね。……もう、折り合いはとっくにつけてたはずなのに」
さめざめと泣くマリリンの姿に、蓮はなんだか毒気を抜かれてしまった。
「折り合い?」
「見たらわかるでしょ? 私たち、あんまり幸せな人生、送って来なかったのよ」
そうして、ぽつぽつと自分たちの過去の事を、二人は話し始めた。ゲイバーで働いていれば、お客さん相手に自分の話をする事はよくある。不幸話なら猶更、客も笑って聞いてくれた。そのおかげで、エピソードの一つ一つを、鮮明に覚え続けている。
たとえ、忘れたいと思っても、ずっと自ら語って来た思い出は、逃がしてはくれなかった。口からすらすらと出てくる自虐に、嫌悪感すら覚える。
「――――――そんなわけで、私たちが着ていた服に、あのエンヴィート・なんちゃら? がくっついてたんですって」
「へえー……」
「……ごめんなさいね、私達なんかにキスされて、気持ち悪かったでしょ?」
「あったりまえだろうが!」
蓮のキレた口ぶりに、彼らはやはり落ち込む。
だが、怒った蓮は続けざまに言い放った。
「知らねえ奴にいきなりキスされたらキモいに決まってんだろ! つーか、知り合いでも嫌だわ」
マリリンとステファニーは、蓮の顔を見てきょとんとした。
性別とかそれ以前に、キスするなんて行為はハードルがかなり高いものだろ。蓮は、そう言う考え方の持ち主だった。
オカマ二人はきょとんとして、そしてクスクスと笑い出した。
「……そうね、そう考えればそうね!」
「笑ってんじゃねーよ、こちとらそのせいで粗大ゴミ扱いされてんだぞ!」
「粗大ゴミ? ……っ!」
「ご、ごめんなさいね、やだ、面白い……!」
ステファニーはよほどツボに入ったのか、お腹を押さえてうずくまってしまう。そんなに笑うこたねえだろう、と蓮はふてくされた。
しばらくして、ステファニーの笑いも収まり、涙を流しながらも上体を起こす。
「……ありがとうね、自首する前に、ちょっとだけ気分良くなったわ」
「……あーそう」
とはいえ、この二人は怪人に寄生された結果、ああなったわけだ。精神的な影響もかんがみて、情状酌量の余地はある……かもしれない。不起訴処分はないだろうが、執行猶予くらいは着くかもだ。まあ、あくまで蓮の主観だが。
二人の部屋を出ると、安里とモガミガワが立っていた。その表情は、ひどく冷たい。
「……どうでした?」
「どうもこうもあるかよ。普通だ、普通」
「……そうですか」
ベッドで眠る二人を見やる。布団を羽織って眠るその姿は、傍から見れば普通のオカマと変わらない。
「まあ、あれだけの事をしてますからねえ。多少のハンデは仕方ない事でしょう」
「……あいつらは、これからどうなるんだ?」
「さあ。彼らの人生ですから。でも、まあ……」
安里は、マリリンのみ、足が見えるベッドを見やって呟いた。
「文字通り、支え合って生きて行くんじゃないですかね?」
エンヴィート・ファイバーの摘出手術は成功した。それは、体内の細胞に憑りついていた繊維を残らず摘出するというもの。
そして、彼らの身体は、およそ7分の1が寄生されていた。モガミガワも、できる限り母体を傷つけないように摘出を行った。
だが、マリリンの両腕、ステファニーの両足だけは、見捨てなければならなかった。摘出はおろか、完全にエンヴィート・ファイバーによって組織ごと乗っ取られていたのだ。
わずかでも残せば、再びエンヴィート・ウィッチとなってしまう。その可能性もあったことから、一旦本人たちにそのことを伝えた。
「……マリリンの足は私が補うわ」
「ステファニーの腕は私がなる」
互いに即答だった。こうして、彼らはそれぞれ手と足を切除したのである。
「――――――正直な話、実験動物としてなら五体満足の道もあった。奴らの
手足にはそれだけの価値があったしな」
モガミガワが、煙草を吸いながら呟いた。彼のラボだ、禁煙分煙は彼次第である。
「だが、アイツらはそれを拒んだ。まっとうな人間の道を選んだわけだ」
「まっとうな人間、ね……」
「俺様はあいつらに同情も何もないが……ま、その覚悟だけは認めてやらん訳でもない」
彼らは己への罰として、手足の欠損を受け入れるという。罪を償い、世に出てきたら義手と義足を作ってやらないこともないそうだ。
「そう言えば蓮さん、愛さんたちの文化祭、どうなったか知ってます?」
「あ? 知らんけど」
「ボロ負けですって」
「……あっそう」
「やっぱり九十九さんたちがいなかったからですかね。それに、一般開放が一日目だけだったので、二日目以降の集客が全然なかったそうですよ」
「……お前、それ……」
蓮は安里の言葉に引っかかりを覚えた。……果たして、この男がそんなことも予想できないだろうか?
「……まさか、お前……!」
「いえいえ、やれる限り手はつくしましたよ」
へらへらと笑う安里の真意は、蓮にはうかがい知れない。
「……なんで、そんなことしやがった」
「何の事です? ……ま、そうですねえ。強いて言えば、お節介、かな」
安里はそう言い、「ふふふ」と笑ってラボから去ってしまった。
蓮は「何なんだよ……」と呟いたが、安里がいつも何か企んでいるのは普段通りと言えば普段通りである。考えるだけ無駄、と思考を切り替えた。そして、うーんと身体を伸ばす。
「……ひっさしぶりに学校行けるな、これで」
蓮はあの事件の後、後処理やらであちこち走り回らされていた。「粗大ゴミ扱いされたくなければ働け」という安里の一言に何も言い返せなかったのだ。
あのロシア系風俗で働く女性にも話を通したり、エンヴィート・ファイバーのサンプルを欲しがる悪の組織と正面衝突したり。そんなこんなで、蓮は月曜日から水曜日まで、みっちり働きづめだった。
今しがた一通りの業務から解放され、安里の口から単語が出るまで、他校の文化祭の事など、蓮の頭の片隅からも消えていたのだ。
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